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プロローグ 〜 景色(1)

消去法で、ジャンルはホラーにしました。あまり怖くないかもしれませんが…

 ヘッドライトの強い光が、少女を捕らえて白く光っていた。ハンドルを握る男の顔は狂気に満ちていた。

 それは、男にとって一殺多生を成し遂げる為の、必死の形相だった。

 歪んだ思考が、それを自分の中で正当化させていたのだ。

 アクセルを踏む足には躊躇なく力が入る。いや、躊躇する余裕など、その男には無かったのだ。

 暗闇にはエンジンの唸りだけが響き渡って、夜気を振るわせた。

 その少女をこの世から抹殺する。

 ささやかな自分の人生を、他人に壊されたくは無い。

 彼女は初めからこの世に存在しなかったのだ。自分とは何の関わりも無く、全てはリセットされる。

 男の思考は全てが自分に都合よく、自己中心的で、それ以外には働かなかった。

 足を踏み外してしまった高い崖の上から、底なしの谷間へと、すでに転げ落ちている自分の人生に、彼は気付く事ができなかった。

 少女はただひたすら、暗闇を切り裂くように走った。

 走るのは苦手ではなかったが、こんなに緊迫した中で走った事はなかった。

 心臓の激しい鼓動が、彼女の胸を早鐘のように叩いた。それは、走り出した為ではない。恐怖と緊張が、少女の心拍数を跳ね上げたのだ。

 命をかけて走る時が、自分に訪れるとは思ってもいなかった。

 後ろから、身体を突き抜ける光がアスファルトを照らし出して、そこに長く伸びる自分の影が、生命の危機を加速させている事を、彼女は充分に知っていた。

 辺りは真っ暗で、自分が何処にいて、何処へ向かっているのかも判らないまま、少女はただ全力で走るしかなかった。

 人気の無い大通りの直線が続いている事は判っていた。

 所々に設置された街路灯の光が、この直線道路がまだまだ続く事を示していた。

 左側には、白いガードレールが長く伸びて、闇の中へ姿を消している。

 この時点でガードレールに切れ間があったなら、少女は後ろから迫るヘッドライトから逃れる事が出来たかもしれない。

 道路を横切って進路を変える余裕は無い。しかし、絶望的なほど長く続くガードレールは、何処までもその切れ間を見せなかった。

 後ろから照射される光の先に、ようやくガードレールの切れ間が見えたとき、そこには辿り付けないだろうと、少女は思った。後ろから迫る光源と唸るエンジン音が、あまりにも近い事に気付いていたからだ。

 生命が絶たれる瞬間、少女が口にしたのは親友の名前だった。

 母親でもなく、父親でもない。

 小さい頃から何時も一緒にいた、しかし何時の間にか離れ離れになってしまった親友。

 全てを分かち合い、心から信頼した友達と過ごした過去が、一瞬で駆け巡り、彼女の心を通り抜けて行った。

 しかし、少女の発したその声が、誰かの耳に届く事は無かった。

この時は、まだ……






景色(1)


 小粒の細い雨が、上空から止め処なく静かに降り続いていた。雨音はほとんどしなかった。家中の雨樋を伝う水音が、沢のほとりのように微かに聞こえていた。

 濡れ滴る庭の草木が何時もより深い緑色に陰り、窓から見る景色全てに暗い影を落としている。

 厚い雲に覆われた空は真っ暗で、朝だと言うのに、既に夕方のようで、こんな日はとにかく憂鬱で、学校に行くのも鬱陶しい。じめじめとした憂鬱な気配が、この家の後ろに広がる陰湿な景色の影響であることも、この家の住人は知っている。いや、それを思い出すと言った方がいいのかもしれない。

 普段は気にならない、気にしないようにしているのだ。

 しかし、お盆やお彼岸には線香の臭いが家の内外を取り巻き、こんな雨の日は、じめじめと湿った空気に溶け込んだ古い土の臭いが漂いだす。しかも、そのお彼岸が終わって間もないせいか、微かに線香の残り香も漂っている。

 もちろん、全ての窓は締め切っている。それでも何処からともなく外の臭いは入り込んでくるものだ。

「雨が降っているから、今日は少し早めに出なさいよ」

 母親の片山文江は、父が食べていった朝食の後片付けをしながら言った。

「はぁーい」

 志穂はトーストを口に頬張って、コーヒーで流し込んだ。

「ほら、あんたも少しは急ぎなさい」

 立ち上がった志穂は、隣でゆっくりと寛いでいる弟の浩志の背中を軽く叩いた。

「今日、一限目が休校なんだよ」

「うそばっか」

 志穂は、今度は浩志の頭を軽く小突いた。

「本当だよ。電話してみれば」

 浩志は少しだけ剥きになって言った。

 高校一年生の彼は、時々こうやって学校をサボる為、本当だとしてもなかなか信用してもらえないのだ。

 志穂は一端二階へ上がり、洗面台でセミロングの茶色い髪をとかす。別に髪が茶色いからと言って彼女の素行がグレているわけではない。高校生にもなると、何らかのカラーリングを髪の毛に施すのはごく当り前な事で、純粋に真っ黒いままの髪をしているのは生徒の半数くらいだろう。

 志穂の通う高校は元々校則があまり厳しくなく、更に三年生ともなると、よっぽど酷い身形でなければ特に注意を受けないのだ。もちろん、志穂の茶色い髪も、ダークブラウンだから、薄暗い場所では黒髪に見えるほどだ。

 二階にある洗面台には、志穂の使っているヘアムースや洗顔クリームなどが置いてあり、殆ど専用となっている。当然その場所は弟の浩志も使う為、彼のムースなども置いてあるが、何時も隅の方へ追いやられている。

 洗面台の後ろには小さなトイレがあり、志穂が使用している時、浩志は洗面台に立つ事さえ許されない。

 洗面台とトイレの間の壁には小さな窓が在る。しかし、その窓は殆ど開けたことは無い。

 窓を開けて外を眺めると、そこには大きな古い墓地が広がっているからだ。一階の同じ向きに在るキッチンの窓からはこの家の塀が見えるだけだが、二階部分には遮るものが無い為、墓地を一望する形になる。

 片山志穂の一家がここに家を建てて越してきたのは五年前。もちろん、父とて、こんな立地を好きで選んだ訳ではないだろう。ただ、当時、新興住宅地だったこの辺り一帯も、それなりの値段で切り売りされた。そして、墓地に面した場所は、他の区画に比べ、坪単価が三分の二の値段だったらしい。

 その分、建物にお金が掛けられると言う事で、父は即決したのだ。

「なぁに、こんなの、仏滅の結婚式が半額なのと同じさ。仏滅に式を挙げたからって、不幸になった家族も聞いたことがない」

 父は笑って言った。

 結婚式はその日だけの事だが、家の裏の墓地は毎日ずっと在り続ける。と言う事を判っていたのだろうか。

 墓地は家から見て、縦に細長く、墓地に背中が面している家は全部で三軒。志穂の家の側道を通ってしばらく行ってから墓地の入り口がある。しかし、完全に後全てが面しているのは、この家だけなのだ。他の二軒は、墓地の周りにある、小さな林や池に遮られて、それほど間近に墓地を感じない。

 何故か、この場所だけ、この家の直ぐ後ろまでお墓があるのだ。だから、お彼岸の時などは家の中まで線香臭くなってしまう。

 東京の雨と言えば、アスファルトとコンクリートの湿った臭いがする。だからよけいに、雨の日に漂う古い土の黴たような臭いは、東京で育った志穂達には敏感に鼻孔を刺激した。

 越して来たばかりの頃は、怖いもの見たさみたいなものもあり、弟と一緒に窓から眺めたり、時には墓地の中を探検したりした。

 迷路のように入り組んだそこは、子供の好奇心を擽るには十分だった。

 しかし、ある出来事以来、志穂は、墓地に入るどころか、見る事さえしなくなった。




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