ラベルのない小瓶
普通でいるって、意外と大変だ。
特別な才能もないし、見た目が優れている訳でもない。
そんな人間は、普通から外れないように生きるのだ。
今日も明日も、同じように勉強ができて、眠れて、志望校に受かるように。
✼ ✼ ✼
最近の私の日課は自習だ。
第一志望の大学に合格するために、毎日図書館に通っている。
ひたすらに問題集を開き、答えを埋め、丸つけをする。
普通の受験生だ。
最近、模試の結果が安定している。
偏差値、判定、志望順位。
成績表に書かれる数字も少しずつ上がっている。
受験が終わるまで、私がやることは変わらない。
問題集を、数をこなすだけだ。
気がつくと、何かを探すように、手が動いている。
「無理しないでね」
母にそう言われたことがある。
笑ってうなずいた。
無理なんてしていない。
本当に。
ただ、普通に勉強しているだけだ。
自分の部屋に戻った私は、机の引き出しの奥から小瓶を手に取った。
透明なガラス。ラベルは空白。
半分ほどまで、透明な液体が入っている。
中身は、何だっただろうか。
整理整頓をしていると、時々こういうものが出てくる。
賞味期限の切れたお菓子、なくしたと思ったペン、古いプリント。
私はこの瓶も、そういう類いだと思うことにした。
また、何かの拍子に思い出すかもしれない。
翌日も勉強は滞りなく進んだ。
手が震えることもない。
効率は悪くない。
むしろ、安定している。
「最近、調子いいね」
先生にそう言われて、私は笑顔を浮かべた。
少し、身体が重い。はやく帰りたい。
夜、帰宅して自室に戻る。
視界の端に、ラベルのない小瓶が映った。
透明の液体が入った、小さな小瓶。
前に見た時より、少し減っている気がする。
いつ、ここに置いたんだっけ?
翌日。
学校が休みだったから、図書館で勉強することにした。
普通に勉強すれば、志望校に受かるはず。
問題集を開き、ひたすらに問題を解く。
自己採点して、間違いは直して、完璧に。
いつも通り。
ふと、ラベルのない小瓶が頭に浮かんだ。
あの小瓶を置いてある場所。
机の引き出しの奥。左の隅。
なぜか、とても気になった。
いけない、集中しなければ。
私は首を振り、勉強に戻った。
家に帰り、コートを脱いだ。
夕飯まで、少しだけ机の整理整頓をしようと思いついた。
使っていないものは、減らしたほうがいい。
そうすれば、作業効率も上がる。
机の引き出しの奥、左の隅。
空白のラベルがついた小瓶を手に取る。
軽い。
中身は、もうあまりない。
「……何かに、使ったかな?」
独り言が、やけに静かな部屋に落ちる。
無色透明の液体は、ただの水にも見える。
しばらく手の中で転がして、元に戻した。
元の位置。
机の引き出しの中、左の隅。
瓶がその位置に収まると、とても心が穏やかになった。
用途不明のこの小瓶は、ここにあるべきなのだ。
母が部屋の扉をノックする音。
私は机の引き出しを閉めた。
「夕食、出来たわよ」
「すぐ行く」
棚の鏡に写る自分と目が合った。
いつも通り。「普通」だ。
ふと、机が目に付いた。
――何を、しまったんだっけ?
旅路の終わりには、光がありますように。




