第二話 働いていませんが、働いているんです。⑤
『風紀委員長がブラックバイトを撲滅! 学園艦内の企業を一斉調査へ』
和光委員長は翌日の自治会新聞の一面トップをカラー写真付きで飾った。その効果もあって彼女の人気はうなぎ登りなのだという。広報委員会の記者たちを連れてビルに現れたのはそういう意図だったのかと合点がいった。
スマホで自治会新聞のウェブ版を読んでいると、私の個室の扉をノックする音が聞こえた。扉の向こうにいたのはミヤさまだった。
「少しお話があるのですけれど、外に出ませんか」
「……うん」
私とミヤさまは昨日の朝、喧嘩というほどではないにしても気まずい別れ方をしてしまい、それ以後は会話らしい会話もしていなかった。イチョウはそれに気付いて何とかしようと試みていたけれど、ことごとく的外れでお互いが呆れるだけに終わっていた。
ミヤさまは、寮の近くにある小さな公園のベンチに腰かけた。私は少し距離を開けて隣に座る。
「……昨日の朝は、本当に申し訳ないことをしたと思っていますわ。ごめんなさい。言いたくないようなことについてあんな聞き方をしてしまって。あの時は少し頭に血が上っていました」
「ううん、こっちこそごめん。私も少し言い過ぎたというか、あんな言い方でミヤさまの考えを否定するのは間違ってた」
「アカリさん。アカリさんにはアカリさんなりの理由があって法科高専に入学されたのだと思いますわ。理由がないのにこんな所には来られませんもの。ですが、もしそれに関わることで心に傷を負っているのなら――」
「いや、心配しないで。法科高専は嫌いじゃないよ。辞めたりもしない。まあ、まだ授業すら始まってないけれどね」
「それなら良いのですが……」
暫しの沈黙。ミヤさまは視線を落として公園の砂をじっと見つめた。彼女は言葉を慎重に選びながらも少しずつ話す。
「ですが、アカリさん。私はアカリさんの友人として、独りで心の傷を背負って欲しくはありません」
「実は私、小学校も中学校も行っていないのです」
「行ってない……?」
「ええ。学校の代わりとして、私は家庭教師やメイドたちから色々なことを教わってきました。ですがその人たちは決して私の『友人』ではありませんでしたわ。同年代の人とかかわることも、メイドを除けばほとんどなかったのです」
深窓の令嬢という言葉がある。ミヤさまはまさに、どこか遠くの屋敷の中の更に奥深い所で大切に育てられてきたのだ。しかし、それは本当に本人のためになっていたのだろうか。ミヤさまは少し悲しそうな眼をしながら話を続ける。
「ですからアカリさんは、私にできた初めての友人なのです。私は、初めての友達を絶対に失いたくありません。アカリさんが一人で帰った時、私はとても怖くなったのです……私は、わがままなのでしょうか。重いですわよね。ごめんなさい」
そう言いながらもミヤさまの目からは涙が止まらない。ミヤさまは自分でハンカチを取り出して涙をぬぐっているけれど、涙が止まる気配はなかった。
「大丈夫。絶対、いなくなったりしないから」
私はミヤさまをそっと抱きしめた。彼女の声にならない嗚咽は次第に声になり、私にすがりつきながら泣きじゃくった。ミヤさまは、立派だ。けれど私を含めて、人間には必ず押し殺している感情がある。ミヤさまもまた、一人の人間だったのだ。
「みっともない姿を見せてしまいました。迷惑だったでしょう」
少し落ち着いたミヤさまは申し訳なさそうに言う。
「ううん、気にしないで。嬉しかった。私のことをこんなに大切に思ってくれてるんだって」
「当たり前ですわ。……アカリさん。もし独りで我慢できなくなったら、頼ってくださいね」
「ありがとう。ミヤさまも、ね」
「ええ。そこで早速一つ我慢できないことがあるのですけれど」
「うん」
「私、友達と手を繋ぐということをしたことがありませんの。なので、その……私と手を繋いでいただけませんか?い、嫌でしたらかまいませんわ」
私はすぐにミヤさまの手を握った。
「ふふっ。帰ろう」
手を繋いだまま寮室に戻った後イチョウにその姿を見られ、なんであたしも混ぜてくれなかったの、と騒がしかったのはまた別のお話だ。
* * *
風紀委員長・和光クロネの執務室は学生自治会本部の三階にあり、窓からは〈ながと〉の市街を一望することができる。和光クロネはそれを眺めるのが趣味だった。そして今日も一人、神妙な表情で街を見下ろしていた。
「失礼します」
重厚な扉をノックし、湊町が分厚い書類の束を片手に入室した。
「先日の臨検についての調査結果をまとめた書面がこちらになります。そして、同日逮捕した金山の供述書などをまとめたものがこちらです」
湊町は事務的に述べると、執務机の上に書類の束を二つに分けて並べた。
「ご苦労様。約束通り、貴方と曽根崎委員については一週間分のノルマを免除するわ。もちろん働いてもらっても結構よ」
「それは遠慮しておきます」
「ふふ。もう戻っていいわよ」
湊町はお手本のような敬礼をすると、静かに退室した。退室したのを確認し、和光クロネは書類のうち臨検の調査結果の方に手を伸ばした。
「純白の髪の少女、ね……」
江坂アカリや青山ミヤが目撃したという少女。和光クロネはその少女に心当たりがあった。執務室の右側三番目の引き出し。鍵で封印されたその引き出しの中には、一枚の文書が入っている。
『極秘追跡対象 出灰カスミ 元学生自治会操艦委員長』
そして、その文書の下部にはこう書かれていた。
『学園艦審判所及び艦政委員会は以下の通り決定したーー退艦を命ずる』
との説明書きに添付された写真には、純白の髪をした女子学生が写っている。江坂アカリや青山ミヤの証言と彼女の容姿は完全に一致していた。しかし臨検の調査結果によれば、例のビルに人がいた形跡はおろか、監視モニターの映像にもその少女の姿は記録されていなかった。
そして、金山もその少女のことを知らない。江坂アカリたちには嘘をついていた、と述べたそうだ。大方その理由は、もし『異常』ということになればその分の手当を支給しろと文句を言ってくるからだろう、と和光クロネは推測する。
「出灰カスミ、貴方はいつまで逃げ続けるつもりなのかしら。江坂さんが言った通り、貴方はまるで幽霊ね」
第二話 完




