第四話 学園艦の授業参観 ③
「……ミヤ、久しぶりだね。乗艦式は時間の関係で見に来られなかった。すまなかった」
私たちと対面して開口一番、青嵐さんはミヤさまに頭を下げた。
「かまいませんわよ。そもそも『保護者の来場はご遠慮ください』と書いてあったのですから」
私は乗艦式当日の様子を思い出す。ミヤさまは私よりも早く寮室に着いていた。それはつまり、ミヤさまもまた保護者と記念撮影などしていなかったということだ。
「そして君たちが、寮のルームメイトだね。忙しいだろうに、今日はわざわざ来てもらって悪いね」
「えへへ。どうせあたしたちは暇なんでいいですよ!」
「ちょっと、あんたと一緒にしないでよ。でも、どうして私たちに?」
私は思い切って青嵐さんに聞いてみた。普通に考えれば、お父さんが娘のお友達に会いたいだなんて、たとえ官房長官であろうが「事案」だろう。
しかしそこは場馴れした政治家らしく、全く動じずに彼は答えてみせた。
「こんなことを記者会見で言うと公私混同で怒られるが、ただお友達の顔が見たかっただけだ。本当さ、信じてくれ--まあ、政治家がこんなことを言ってもなかなか信じてくれないのだけれどね」
ユーモアさえ取り入れてみせた青嵐さんの答えは百二十点満点で、「さら問い」を許さないのはまさに官房長官としての記者会見のようだった。
「今は猫を被っていますけれど、父は過保護なだけですの」
「ちょっとミヤ、そんなことあの子たちに言っちゃダメじゃないか。それに私は犬の方が好きだ。どうせ被るなら犬を被りたいね」
「権力の犬ってことですかー?」
「イチョウっ!それはさすがに……」
怒られる。そう確信したけれど、青嵐さんは大声で笑った。政治家らしく、よく響く声だった。
「そうだな、私は権力の犬だ。はあ、官房長官なんて今すぐ辞めてやりたいものだよ」
「またそんな冗談言って。いつも屋敷に来ている議員の皆様に怒られますわよ」
ミヤさまもここでは「父親の娘」なのだ。いつもはお高くとまっているように見えることもあるけれど、父の前では彼女も一人の女子高生の娘なのだ。ただし、日常的に議員に会う機会があるという点は、普通の一般的な女子高生とは違う。
「まあ、まだ官房長官は続けるよ。使用人たちも食わせてやらないといけないからね。何より、ここまで来たら総理大臣もやりたいじゃないか」
「そっ、総理大臣……未来の総理大臣に会っちゃったよ。今のうちにサインとかもらっていいですか?」
イチョウは相も変わらず間の抜けたことを言い、青嵐さんは「もちろん」とにこやかに応じた。ただ私は見逃さなかった。青嵐さんの目は、本気だ。
「江坂君、ミヤはきちんと学校生活を送れているかな?もう既に知っているとは思うが、娘は今まで学校に通っていなくてね」
青嵐さんはイチョウがなぜか持ってきていたサイン色紙に達筆な文字を書きつつ、私に尋ねた。
「はい。クラスにも馴染めていると思いますよ……青嵐さんも、子どもの頃は学校は行かなかったんですか?」
「私が十代の頃は普通に学校に通えていた。私たち家族が狙われるようになったのは、私が官房長官になってからだ」
私は少し拳を握りしめる。青嵐さんはその変化を機敏に感じ取ったようだ。私が何を考えているかを先取りするかのように話し始めた。
「私のように、学園艦構想を支持する政治家が『海上派』と呼ばれていることは知っているね。これに反対するグループも当然ある。『陸上派』だ。陸上派はその一部が過激思想に走り、海上派で有名な私と、私の家族の命を狙い始めたのだよ」
日本史の教科書にも乗っているくらい有名な「学園艦論争」だ。学園艦は未来を守ると言ってその建造を推進した「海上派」と、学園艦の建造費や維持費が巨額に上ることから、その財源は地方再生に回すべきだと反論した「陸上派」。
「だから、ミヤが狙われるようになったのは私の責任なのだ。ミヤにはいつも申し訳ないと思っているよ……ほら、書けたよ」
青嵐さんはイチョウが差し出した色紙を、丁寧にも両手で返した。
「やったあ!総理大臣になったら見せびらかしてもいいですか?」
「好きなだけ宣伝してくれ、青山内閣の支持率も上がるからね。ウィンウィンの関係だ」
イチョウと青嵐さんは固く手を握り交わし、謎の結束を見せつけた。イチョウがこうやってすぐ誰とでも仲良くなれてしまうのは彼女の才能だ。
「……おっと、もうこんな時間か。三人とも、今日はどうもありがとう。ミヤが元気そうで安心したよ。それに、君たち二人のような素晴らしい友達がいて安心だ。ミヤをよろしく頼むね」
青嵐さんは時計をちらりと確認するとそう言って貴賓室を出ようとしたけれど、そうは問屋が卸さなかった。慌てた様子で秘書官らしき男が貴賓室に入ってきて、青嵐さんに耳打ちした。先ほどまで笑顔を見せていた彼の顔は、一気に険しくなる。どうせまた、何か厄介事だ。
「……艦長を呼んできなさい」
「艦長は現在、エヴロスの査察官を案内中ですが」
「かまわない。他の官僚に案内させればいい」
「了解いたしました」
青嵐さんはため息をついて椅子に座り直し、天を見上げた。
「……何か問題があったのですわね」
娘の問いかけに青嵐さんは、
「港で暴徒が騒ぎを起こしているらしい」
と答えた。
「暴徒……まさか、陸上派の人たちですか」
「そうだ。彼らは私と学園艦を目の敵にしているからな、今日は一石二鳥のチャンスというわけさ。だが、『暴力は許さない』。これは政治に携わる者の共通認識だ。陸上派であれ海上派であれ、我々は言葉を剣として戦うべきで、暴力を剣としてはならないーー失礼、少し重い話だね。話題を変えようか」
そう言うと青嵐さんは組んでいた足を組み替え、今度は右足を上にして足を組んだ。
「君たちの担任はどんな人かな」
私たちの担任である北白河教官。彼女の専門は民法だけれど、教養科目として公民の授業も受け持っており、その知識は豊富なのは間違いない。なのにいつも無気力で、すぐサボろうとする。その一方で、「ケーブル事件」の時は私たちに力を貸してくれた。おおむねこのようなことをミヤさまは簡単に説明した。
「北白河教官、ね。彼女にもまた礼を言わないといけないなあ。仕事をよくサボっているのは聞かなかったことにしておいてあげよう。学園艦で働く公務員がサボり、だなんてバレたら国会に怒られてしまう」
「あんなサボりを許しちゃっていいんですか」
「君の質問は国会質疑みたいだねえ。理想的な手段だけでは理想を実現することはできない。時には小さな悪を見逃すことも、理想を実現するためには必要だ」
「小さな悪って……」
私がそう言いかけた瞬間、学園艦〈ながと〉の艦長が駆け込んできた。
「お待たせしました、官房長官……君たちは、なぜここに。あっ」
息を切らしながらも艦長は私たちを見て目を丸くしている。私もここにいるのは場違いだと思う。ただ数秒後、ミヤさまの姿を見て何となく事情は察したようでそれ以上の詮索はしなかった。
「艦長、港の騒ぎは聞いているね。このままではエヴロスの査察に支障をきたす。そのうえ、学園艦の学生たちにも被害が及ぶおそれもある。そこで、学園艦基本法第九十条に基づいて、艦長に機動隊の出動要請をお願いしたい」
「しょ、承知いたしました。しかし僭越ながら申し上げますと、機動隊は府警の判断でも投入できると思うのですが」
艦長はおずおずと青嵐さんの顔色を窺うように質問をした。
「私が直接命じてもいいのだが、それでは彼らを刺激するだけだろう。もちろん、できる限り君に批判が向かないようにすることを約束する」
「いっ、いえ!批判されたくないということでは決してありません。機動隊を出すとなると、事態の収拾には時間がかかるかもしれませんので……。そういたしますと、〈ながと〉付のヘリで退艦なされた方がよろしいかと存じます」
「そうだね。エヴロスの査察官にはよろしく頼む」
艦長は青嵐さんに一礼すると、各所への指示のため足早に貴賓室を去った。次に青嵐さんはツキノさんを呼び、北白河教官を貴賓室に呼んでくるよう命じた。えっ、どうして?
「今言ったとおり、私たちは予定を変更してヘリで帰ることになってしまった。君たちをここまで連れてきたツキノ君もヘリに乗ることになるから、君たちを寮まで送ってやれないのだよ。だから、北白河教官にヘルプを頼む。迷惑ばかりかけてすまないね」
ここまで説明してもらってようやく私は北白河教官を呼ぶ意味を理解した。しかし青嵐さんは艦長が去ってほんの数秒でそれを判断し、実行した。彼は本当に官房長官であり、総理大臣の座を狙うに値する実力をもった政治家なのだ。
そこに今まで珍しく黙って話を聞いていたイチョウが口を開いた。
「機動隊を投入するって、めちゃくちゃ大がかりですね。そんなにひどいんですか?」
「火炎瓶やら投石器やら持ち出しているようだからね。このままでは大惨事になる」
「だいさんじ……」
イチョウは復唱し、神妙な様子でうなずいた。別に賢くは見えないけれど。
「『たとえ思想を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の財産権、管理権を不当に害するごときものは許されない』。とある判例の有名な一節だ。彼らにどのような主張があるとしても、その主張を広めたいからといって、学園艦にいる学生たちを傷つけかねないようなことをするのは許されない」
「そんな判例、まだ聞いたことないや。みゃーちゃんパパって法律にも詳しいんですね」
「みゃーちゃん」というあだ名に青嵐さんは少し不意を突かれた表情をした。自分の娘がそんなあだ名で呼ばれているとは、百戦錬磨の政治家と言えど思いもしなかったのだろう。
「政治家として〈法〉を学ぶのは当然のことだ。〈法〉の何たるかも知らないで好き勝手言う連中も多いのだがね」
青嵐さんは少し疲れているように見えた。普段は官房長官として記者会見をこなし、国会では議員たちから追及を受けているのだ、ストレスもたまるだろう。
「おっと、迎えが来たみたいだよ」
その後、どうでもいいような話(主にイチョウがしゃべっていた)を数十分ほどしていると、突如、人の気配を察知したのか青嵐さんは扉の方に目を向けた。それと同時に入ってきたのは北白河教官だった。
「……どうも」
私たちは違和感を持った。いつもはだらしない北白河教官が、きちんとスーツを着こなしていたからだ。いつもはヨレヨレの白衣を着ているのに、スーツを着たら着たで不思議と似合っているのがまた変だ。そして北白河教官と青嵐さんの間には、何となく微妙な間があった。
「北白河君、話は聞いたよ。娘たちが世話になっているね。この場で礼を言わせてくれ」
「とんでもありません。彼女たちを寮まで送り届ければよいということですね」
淡々と無表情で答える北白河教官に、青嵐さんは満足げにうなずいた。
「ご名答。改めて、君たちには迷惑をかけたね。これからもミヤのことをよろしく頼むよ。それからミヤ、彼女たちと仲良くするんだよ」
「もうっ、そんなに心配しないでください」
ミヤさまは少しばかり目を伏せ、父に抗議した。その姿は普通の父娘の関係と同じだ。
「ツキノからも、彼女たちに挨拶してやってくれ」
「お嬢様、私はお側にはいられませんが、どうかお元気で。江坂さんたちのようなご学友の皆さんがいるのなら安心ですが。イチョウさん、今日の写真を送ってくださいね」
「うんっ!次はツキノちゃんのファッションショーだよっ」
「楽しみにしていますね」
ツキノさんは私たちと同い年なのに、妙に大人びていた。イチョウとの対比でまるで年の離れたお姉ちゃんとのようだ。いや、イチョウが幼く見えるだけか。
その後、私たち三人は順に貴賓室から出た。でも、私たちが出た後、数秒だけではあるけれど北白河教官は遅れて出てきた。部屋から出た彼女の顔はポーカーフェイス。しかし、目には確かに怒りを浮かべていたのだった。




