第四話 学園艦の授業参観 ①
〈ながと〉艦橋の貴賓室に私たちは座っていた。凝った装飾が施されたヒノキ造りのテーブルをはさんだその反対側には内閣官房長官が座り、じっとこちらを見つめている。どうしてこうなったのかと言えば、そのきっかけはいつも通りイチョウにある--というわけでもない。あのイチョウですら、官房長官の前では背筋を伸ばして大人しく座っているのだから。
きっかけを話すと長くなる。
* * *
「三連休確定演出はアツすぎるッ……!」
私は心の中でガッツポーズしたつもりが、つい思わず声に出てしまった。明日は金曜日なのだけれど、その金曜日が臨時休校になるというのだ。
「四月の祝日って昭和の日以外なかったよね?もしかして、もうゴールデンウィーク!?」
私たち三人は今日も食堂でテーブルを囲んでいる。海軍では金曜日にカレーを食べるというけれど、イチョウにはそんなことは関係なく、今日もながとカレー大盛を頬張っている。
「まだ授業が始まって一週間しか経ってないでしょ。でも、何でだろ」
「査察、ですわね」
ミヤさまは背もたれにすらもたれず、背筋を真っ直ぐ伸ばしてサンドイッチをちびちび食べている。言葉の意味が掴めずにいる私たちを見て、彼女はもう少し補足して説明した。
「全世界の学園艦は年に一度、エヴロス--国際学園艦評価委員会という国際機関の査察を受けないといけないのですわ。その査察官が乗艦するので臨時休校、ということですわね」
「へえ、お偉いさんが来るんだねえ。学園艦の授業参観ってわけだ」
「でもミヤさま、査察って言われても、この学園艦の何をチェックするの?授業は休講なんでしょ」
「さあ、そこまでは私も聞いたことがありませんわね」
「学園艦が軍事目的に転用されていないかどうか、だ」
私たちのテーブルのそばを横切った女子学生が答えた。風紀委員の曽根崎……先輩である。
「何でこう都合よく私たちの知り合いばっかり登場するんですかね」
決して作者が新しいキャラクターを登場させるのを面倒がっているとか、そういう理由ではない。それはさておき、曽根崎先輩は別に誘ってもいないのに私たちと同じテーブルに座った。
「えっ、なんでここに座るんです?」
期せずして隣席になったイチョウが不思議そうに尋ねる。
「はあ?ダメなのか」
「ダメじゃないですけど、ほら、他に一緒に食べる友達とかいないんですか?」
「こら、イチョウ。世の中にはね、ぼっち飯の人もたくさんいるんだよ」
イチョウは憐れむような目で曽根崎先輩を眺める。
「その目は辞めろ!まったく、加古川、貴様というやつはいつも私をバカにする」
曽根崎先輩には申し訳ないけれど、先輩はすっかりいじられキャラですよ。
「ところで、先ほど仰られた『学園艦が軍事転用されていないか確認する』というのは」
「ああ。世界のどの国も学園艦を攻撃してはならない、ってのは聞いたことあるだろ。その代わりに、学園艦も武装してはならない。エヴロスはそれをチェックしに来るわけだ」
「へえ、詳しいじゃないですか。今まで正直、曽根崎先輩のこと偽物の風紀委員だと思ってました!」
「お前な……」
曽根崎先輩も次第にイチョウ耐性を身につけたようで、怒りは喉あたりで飲み込んだようだ。えらいえらい。
「まあ、私たちにはあんまり関係のない話だよね。三連休はしっかりとらせてもらうけれど」
「はあ、お前たちは良いよなあ。風紀委員会は大変なんだよな。査察当日は交通整理とか警備とかしないといけないし。今年は査察官の他にもVIPが来るからって、私まで駆り出されるんだ。ツイてないよ、まったく。」
そのまま長くなりそうな愚痴を聞かされそうな雰囲気になり、私たちは立ち上がった。
「あっ、なんか長くなりそうなのであたしはもう行きますね!それじゃ、さよなら!」
「おっお前!自分が言いたいことだけ言って逃げるなっ!この卑怯者ッ!」
風紀委員会は鬼狩りでもするつもりなのだろうか。とはいえ私やミヤさまも、曽根崎先輩の愚痴を聞きたいわけではないので、イチョウと同じようにおいとまさせていただいたのだった。しかしその夜、私たちは衝撃の事実を知ることになる。
「みゃーちゃん、さっきからめっちゃスマホ鳴ってたよ」
お風呂上がりのミヤさまは、その美しい青い髪をタオルで押さえながら首を傾げた。
「あら、そうですの?スマホは個室に置いておりましたが、それでも聞こえたのですか?」
「田舎育ちをなめちゃいかんよ。あたしは音を聞き、風を読み……」
「はいはい、そういうのはいいから。ミヤさま、スマホを一回確認した方がいいんじゃない?」
イチョウは余計なことばかりして周りを振り回すけれど、こういう感覚だけは鋭いのだ。たしかに彼女の言うとおり、田舎育ちゆえに五感が鋭いのかもしれない。
「……あら、屋敷のメイドからですわね。少し失礼しますわ」
そう言うとミヤさまは寮室の玄関付近まで離れてから電話をかけた。私たちはミヤさまがどのような幼少期を送ってきたのかは詳しく知らない。知っていることと言えば、彼女が今まで学校に通わず育てられてきたことくらいだ。
電話はとても長く続いたように思えたけれど、実際はほんの数分にすぎなかった。それでも私たちがその時間をとても長く感じたのは、ミヤさまの過去にはどこか重苦しいものがあると直感していたからだろう。
「……困ったことになりましたわ」
「困ったこと?安心しな、あたしが全て受け止める!」
「イチョウはいつも困りごとを生み出してる側でしょうが」
ミヤさまはスマホを手にしたまま、まだ現実を受け入れられないというふうに言った。
「明日の査察には、私の父が同行するそうなのです」
「ミヤさまのお父さん……?明日って保護者も乗艦していい日なの?」
「いいえ。父は保護者としてではなく--」
ミヤさまは一瞬だけ目を伏せ、私たちに事実を伝えるかどうか迷ったように見えた。しかし次の瞬間、意を決したミヤさまは私たちに告げた。その声は震えていた。
「官房長官として、エヴロスの査察に同行するのです」
その後、彼女はぽつりぽつりと私たちに自分の家族のことを教えてくれた。青山家は代々政治家の家系で、彼女の父である青山青嵐も国会議員であり、最近は官房長官を務めていること。しかし、その影響力の強さから家族を含めて常に命を狙われており、青山家の子は普通の学校には行けないこと。法科高専に入学したのも、学園艦なら安全だろうという理由からだったこと。
「命狙われるって……そんなの、未だにあるんだ」
「……幸いにも、屋敷のメイドたちのおかげもあって今まで何事もなく過ごすことができましたわ」
淡々と感情を抑えて語るミヤさまだったけれど、そのせいで私は無性に腹が立った。ミヤさまが我慢すべきことじゃないはずなのに、なぜ我慢する必要があるのだろう。
「……何それ」
「アカリさん?」
「そうは言っても、なんで関係ないミヤさままで巻き込まれなきゃいけないのよ!ほんと、何なのよそれっ」
上手く言葉にできないけれど確かな怒りが私の心を覆い、つい大きな声を出してしまう。
「アカリさん、ありがとうございます。ですが、今まで学校に行けなかったからこそ、全てが新鮮に感じられて、今がとても楽しいのですわ」
「あたしもっ!みゃーちゃんといてとっても楽しい!」
イチョウはそう言うと、身の程をわきまえずにミヤさまの肩に腕を回して顔をすり付け、ミヤさまの顔には朱が差した。しかしその顔はすぐに元に戻り、再び話を始めた。
「そして父が言うには、皆さんにも会いたいと」
「えっ、私たちに?私はともかく、イチョウなんて会わせない方がいいと思うけれど」
「ちょっと!あたしがまるでロクなことしない女みたいじゃん!」
「大丈夫ですわよ。父はそのようなお堅い方ではありませんわ」
「そうなの?政治家ってもっとこう、国会で真面目そうに紙切れ読んで、演説では綺麗事言って……ごめん、お父さんの悪口になっちゃったかも」
慌てて私は今の発言を取り消したけれど、ミヤさまは珍しく声を上げて笑った。
「ふふっ、たしかにそうですわね。記者会見での父と屋敷での父は全然違いますわ。でも、とても優しいですのよ」
「へえ、めっちゃいいパパじゃん。あたしのパパとは大違い。あの人、すぐ怒るんだよ」
「イチョウ、それは多分、あんたが悪いと思うよ」
とにかく私たちはこうして突然、官房長官に会うことが決まってしまったのである。法科高専の卒業生は大抵エリートとして日本を率いる存在になっていくけれど、まだ一年生にすぎない私たちが官房長官のような権力者に会えるとは、学園艦で過ごしていると何が起こるか分からないものだ。




