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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校2年生

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95/150

第95話「“最後”じゃなく、“続いてく”春」

主役:いと

舞台:帰り道、卒業式のあと、部室


 空が、やけに広く感じた。


 冷たい風が吹いているのに、どこか温かい空気が漂っている。三月の空は、冬の名残と春の気配がせめぎ合っていて、何も言わなくても「今日が特別な日なんだ」と告げているようだった。


 校舎の前には卒業生たちの笑顔と、別れを惜しむ在校生や保護者の姿が広がっていた。


 いとはその輪の少し外から、制服のまま立ち尽くしていた。

 先ほどまで、三年生の先輩たちが晴れやかな顔で歩いていった。見送りの拍手の中で、涙をこらえていた後輩もいたし、写真を撮りながら笑っていた人もいた。


 いとは拍手をしながら、静かに目を伏せていた。


 ──終わっちゃったんだな。


 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっとなって、気づけば視界が少しぼやけていた。


 


 * * * 


 


 放課後、誰もいない部室に戻ったいとは、窓のカーテンをそっと引いた。

 柔らかな陽射しが、机の上を静かに照らしている。春の光だ。


 制服のまま椅子に腰掛け、ふぅと息をついたとき──ふと、ロッカーの上に積まれたファイルが目に入った。


 「……あれ?」


 一番上の、少し色褪せた青いファイルを手に取って開いてみる。

 中には、先輩たちが残していった刺繍の図案や、展示会のレイアウト案、反省と感想のメモが綴られていた。


 「“卒業制作は、思ってた以上に時間との戦いだった。でも、最後の最後にあの子たちの手が重なって、一気に完成に近づいた気がする”……」


 手書きの文字に、かすかに笑ってしまった。筆圧が強くて、ちょっと曲がってる字。けれど、ひとことひとことに、真剣さがにじんでいた。


 ページをめくるたびに、先輩たちがこの部室で過ごした日々が、静かに息を吹き返してくるようだった。


 「終わっちゃった」んじゃなくて、「受け継がれてきた」んだ──そう気づいた瞬間、いとの中の何かが、すっと軽くなった。


 春って、ただの別れの季節じゃない。


 続いていくものの、はじまりでもあるんだ。


 


 * * * 


 


 家に帰って、制服のままスケッチブックを開いた。


 鉛筆を手にとって、ふと、窓の外を見る。風に揺れる木々の向こう、まだ蕾のままの桜の枝が、淡い光の中にぼんやりと滲んでいた。


 紙の上に、そっと線を引く。ふわりと舞う花びらを想像しながら、輪郭を描き、光を足していく。


 ──まだ咲いていない桜だけど、いつかきっと咲く。

 そのとき、わたしもここにいて、針と糸でそれを描いていたい。


 「……“最後”じゃない。きっと、続いていくんだね」


 小さくつぶやいて、いとは桜の花びらを一枚、丁寧に描き込んだ。


 その線はまだ未完成だけれど、どこまでも優しく、あたたかかった。

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