第92話「“任せる”って、信じるってこと」
主役:律・1年生(特に明日香)
「──それじゃ、この壁面スペースの掲示は、1年生チームにお願いしてもいい?」
部室でのミーティング中、律がそう声をかけると、明日香が勢いよく手を上げた。
「任せてくださいっ! わたし、レイアウト案も考えてきたんです!」
「頼もしいね」とさゆりが笑い、いとも「私たちは刺繍作品の展示説明書き、準備しとくね」と応じる。
コンテストの作品とは別に進めている校内展の準備。
その中で、部としての新しい挑戦のひとつが「1年生に任せること」だった。
先輩たちに見守られながら、明日香は仲間と一緒に動き出す。
しかし、展示スペースをどう使うか、配色や配置の感覚で先輩たちとの“微妙なズレ”が生じ始める。
「うーん……やっぱり、この色だと隣の作品とちょっとケンカしちゃうかも」
「え? でも、目立ったほうがいいと思って──」
準備中の作業スペースにて、律が静かに口をはさむと、明日香は少し不満げに眉をひそめた。
周囲の空気が、わずかに緊張をはらむ。
──やる気はある。でも、“見えてる範囲”が違う。
律はそれを、どこか懐かしい気持ちで見ていた。
「……私もね、1年生のとき、展示のことで大失敗したの」
ふと、柔らかい声が場に落ちる。
「全部自分で整えたくて、周りの声を聞けなくて……結果、空間がごちゃごちゃになっちゃって。すごく落ち込んだな」
明日香がはっと顔を上げると、律は照れたように笑った。
「“任せる”っていうのは、手を放すことだけじゃなくて。“結果を見守る”っていう、ちょっとだけ勇気のいることだと思うんだ」
明日香の目に、わずかな驚きと、少しの理解の光が宿る。
「見守る……」
「そう。全部が思いどおりになるわけじゃない。でも、それでも信じて、渡してみる。そうしたら、きっとちゃんと伝わるから」
律の言葉は静かだったけれど、その静けさに力があった。
夕方。展示準備を終えた教室の一角には、1年生たちが作り上げたコーナーが完成していた。
目立ちすぎず、それでいて個性を活かした配置。
明日香が掲げたタイトルカードには、ちいさな刺繍のワンポイントが添えられている。
「……きれいにまとまったね」
律がそっと近づくと、明日香が少しだけ顔を赤らめながら、小さく頭を下げた。
「……さっきは、ちょっと熱くなりすぎました。ごめんなさい」
「ううん、むしろありがとう。ちゃんと任せてよかったって思ってるよ」
その言葉に、明日香の表情がふわっとほどける。
後ろで様子を見ていた他の1年生たちも、自然と笑みを浮かべていた。
「……“任せる”って、信じるってことなんですね」
「うん。信じた先で、想像以上のものが生まれることもあるから」
律が微笑みながらそう返すと、教室の窓から差し込む夕陽が、その横顔をやさしく照らしていた。




