第91話「“窓”のむこうに、誰かがいる」
主役:いと・あおば
「えっと……校内展にも参加しませんか、って」
部室に届いた一枚の依頼用紙を見つめながら、いとは声を落とした。
文化芸術展示週間、通称「校内展」。学内の美術部や書道部、写真部などが作品を展示する、年明けの恒例行事。
「コンテストと並行で……?」
小さく呟いてから、いとはふぅっと息を吐いた。
──ただでさえ、今はコンテストの作品づくりで手いっぱい。テーマも大きく、「わたしのまち、わたしの物語」なんて、難しくて。
「どうする? やめとく?」
律が訊くと、さゆりは首をかしげる。
「せっかく声をかけてもらったし、何かできるといいよね」
けれど、やはり最終的な判断は部長のいとに委ねられる。
全員の視線が集まる中、彼女はひときわ小さな声でつぶやいた。
「うん……ちょっと、考えさせて」
その日の放課後、いとは部室に残って、一人作業台の前に座っていた。
下描きの刺繍図案を前に、鉛筆が止まってしまう。
校内展。自由な発表の場。
けれど、だからこそ難しい。
今の自分たちは、“何を見せたい”んだろう?
「悩んでる?」
声をかけてきたのは、あおばだった。
いつものように無表情に近い顔で、でもどこか優しい気配をまとって。
「うん。コンテストだけでいっぱいいっぱいで……校内展までちゃんと向き合えるかなって」
「ちゃんと向き合う必要、ある?」
「え?」
「校内展って、もっと自由でいいと思う。ただ楽しんでも、気楽に出してもいい。……でしょ?」
それは意外な答えだった。
あおばが“気楽”という言葉を使うのも、少しだけ新鮮だった。
「あおばちゃん、そう思うんだ」
「うん。“誰かに見てもらう”って、わくわくするよ。校内展って、うちの学校の人たちが見に来るだけだし……少し、身近で、優しいじゃん?」
いとはその言葉に、目を瞬いた。
そうか。
たしかに、これは“外に向けた挑戦”じゃない。
“この学校にいる誰か”に向けた、小さな窓。
──“見せる”ためじゃなく、“見てくれる誰か”を思って作る。
「……“見てもらう”窓だけじゃなく、“見てくれる誰か”が、窓の向こうにいる……」
ぽつりとつぶやいたその言葉に、あおばが少しだけ目を細めた。
「うん。いと先輩らしい、考え方だね」
夜、自室。
机に向かって、いとはスケッチブックを開いた。
ページをめくると、そこにはまだ描きかけの“窓”の図案。
机の向こうの窓の外には、寒空の街の灯りが瞬いている。
その中に、確かに“誰か”がいる気がして。
「……たしかに、あの窓の向こうには、まだ見ぬ誰かがいる」
誰だか分からない。けれど、その誰かに届いてほしい。
そんな想いが、いとの胸に灯る。
柔らかく微笑んで、彼女はそっとペンを取った。
真っ白なページに、新しい図案が描かれていく。
“窓の向こう”を想像しながら、針と糸でつながる気持ちを、少しずつ形にするために。




