第89話「“伝える”じゃなく、“届く”ために」
主役:希音・文芸部後輩・他校の参加者
舞台:市立図書館、市のコンテスト説明会、メッセージアプリ上
冬の空は青く、澄んでいる。
けれど希音の中は、どこかもやがかかったようだった。
「わたしのまち、わたしの物語……って、なんか、ふわふわしすぎてない?」
市主催のコンテストのチラシを眺めながら、希音は眉を寄せる。
明確なモチーフも、規定の形式もない。
“自由”という名の、終わりなきキャンバスが広がっているだけだ。
だからこそ、どう切り取ればいいのかわからない。
どう“伝えればいい”のかが、見えてこなかった。
市立図書館の一角にある学習室。
今日は創作コンテストのオンライン説明会。
パソコン越しに並ぶ参加者たちの名前には、見慣れない他校の名前も混じっている。
希音は少しだけ緊張しながら、画面に視線を合わせた。
「テーマの解釈に決まりはありません。大切なのは、“自分にとっての物語”が、どう他者に届くかです」
市の担当者の言葉に、誰かが質問する。
「“届く”って、つまり、感動させろってことですか?」
モニター越しに少しだけ笑いが漏れる。
「感動、というよりは……“心に残るかどうか”じゃないかな」
希音は、その言葉に小さくうなずいた。
(残るかどうか、か……)
その帰り道。
図書館の出口で、見知った制服の後ろ姿を見つける。
「あ、先輩も来てたんですね」
振り返ったのは、文芸部の後輩だった。
小柄な体に、大きめのマフラーが巻かれている。
「言葉の人は、こういうテーマ、得意なんじゃない?」
「どうですかね。伝えたいことはいっぱいあるけど、ちゃんと“届く”ってなると難しいです」
ふいに、彼女が続けた。
「でも……作品が“声”になるなら、きっと誰かが振り返りますよ。聞こえてなくても、気づく日がくるって思うんです」
風に揺れたその言葉が、希音の心にすっと落ちた。
(声になる……作品が……)
それは“伝える”よりも、もっと静かで、もっと強いもの。
夜、自室。
机に広げた手帳の白いページに、ペンを滑らせる。
「“伝える”じゃなくて、“届く”ものを。
声が見える作品。静かでも、確かに誰かに残るもの――」
書き終えた文字を見つめ、希音は小さく息を吐く。
かたちにはまだなっていない。
でも、言葉の向こうに見えてきた景色がある。
彼女はそっと、明かりを落とした部屋の中で、目を閉じた。
きっと“誰か”に届くように。
それを信じて、また明日、手を動かそう。




