第88話「“ひとり”と“みんな”のあいだ」
部室の空気に、少しだけ静けさが差していた。
新年最初のミーティング。
市が主催する創作コンテストのチラシが、部員たちの前に広げられている。
「『わたしのまち、わたしの物語』……テーマ、だって」
いとが読み上げると、さゆりが「詩みたい」と微笑んだ。
「これ、部として一作品にまとめる? それとも、それぞれ出してみる?」
誰ともなく出たその問いに、ほんの一瞬の沈黙。
「私は、個人でやってみたい」
その静寂を破ったのは、あおばの迷いない声だった。
驚くほどはっきりしていたその言葉に、律はわずかに目を瞬かせる。
「……そうなんだ」
柔らかく返した律は、少しだけ言葉を探すように視線を落とす。
「私はね……誰かと一緒に作ることで、見えてくるものもあると思うんだ」
それは押しつけじゃなく、ただ静かな本音だった。
対立じゃない。けれど、すれ違いが、確かにそこにあった。
昼休み、図書室。
あおばは窓際の机にノートを開いていたが、書く手は止まっていた。
(私は、どうして“個人”がいいって、すぐ言えたんだろう)
ひとりで考えるのが好き。
思いついたアイデアを、ひと針ずつ形にしていくのが心地いい。
でも……それだけじゃない気がした。
(“誰かと一緒”って、ちょっと怖い)
無意識に、そんな言葉が心に浮かんだ。
放課後、律があおばを屋上へと誘った。
冬の空は高く、グラウンドの向こうには夕日が滲みはじめていた。
「さっきは……ごめんね。なんか、否定したみたいで」
律は風の中で、まっすぐに言った。
「ううん、私こそ……」
あおばはうつむいて、マフラーに頬を埋めた。
しばらく黙ったあと、ぽつりと言葉がこぼれる。
「……“誰かと一緒”って、まだちょっと怖い。でも……嫌なわけじゃないんだ」
その声には、芯のようなものがあった。迷いながらでも、確かに立っている声。
律は、その気持ちを丁寧に受け止めるように頷いた。
「それでも、あおばちゃん……私たち、もう“ひとりじゃない”んだよ」
風が吹き抜ける。
でも、それはもう寒くはなかった。
その夜、あおばは刺繍箱から、小さな刺繍枠を取り出した。
次の日、下校前の部室で――
「でも、これだけは一緒にやりたいなって」
ふっと笑いながら、あおばはその刺繍枠を律に差し出した。
小さな丸い布の中に、何もまだ描かれていない未来があった。
律も笑って、針を手に取る。
“ひとり”でも、“みんな”でもいい。
大切なのは、どちらも選べること。
あおばの中で、ようやくそのことが、輪郭を持ってきらめいた。




