第87話「“これから”をデザインする」
主役:いと・さゆり
舞台:部室、帰り道の公園ベンチ
年明け最初の部活の日。
手芸部の部室は、まだ暖房が本格稼働する前の冷たさを残していて、窓際の椅子に腰掛けた私は、軽く身震いした。
「今年もよろしくお願いします!」
元気な声と共に、さゆりが部室に入ってくる。お正月明けとは思えないくらい元気な笑顔だ。
私は小さく笑って「うん、今年もよろしく」と返す。
そのあと、あおばと律も続けて登場。四人が顔をそろえると、顧問の先生が持ってきた一枚のチラシが机の上に置かれた。
「市が主催する創作コンテストがあるみたい。手芸も対象ジャンルに入ってるって」
そのチラシには、大きくこう書かれていた。
『第3回 わたしのまち 創作アートコンテスト』
テーマ:「わたしのまち、わたしの物語」
「自由すぎて……逆に難しいかも」
そう口にしたのは、私だった。
去年の全国コンクールとは違う。決められたテーマ、規定のサイズ、評価基準。そういった“枠”があるほうが、実は作りやすいと感じてしまうのは、私の弱さなんだろうか。
「でもさ」
さゆりが言う。
「“自由”ってことは、今の私たちにしかできないものを出せるってことだよ」
その言葉は、まっすぐすぎて眩しくて、私は少し視線を落とした。
“今の私たち”って、どんなだろう。
去年、悔しさを味わったばかりの私たちに、何が作れる?
その日の帰り道、私とさゆりは、途中の小さな公園に立ち寄った。
風は冷たくて、ベンチに座るとコート越しでも体温が奪われる。でも、不思議と嫌な寒さではなかった。
「いとちゃんは、何が作りたい?」
さゆりが唐突に尋ねてきた。
「うーん……まだ、分からない」
本音だった。
悔しさはまだ胸の奥にあって、でも、それだけで何かを作れるほど、私は強くない。
しばらくの沈黙。
その中で、さゆりがぽつりとこぼした。
「“これからの自分たち”を、針と糸で描けたら、いいよね」
その言葉が、心の奥で小さく灯った。
それは火花みたいに、ふっと瞬いて、でも確かに、あたたかかった。
夜、自分の部屋に戻って、私は机に向かった。
机の上に置いたのは、去年の文化祭でも使ったスケッチブック。
まだ描かれていない白いページを開いて、ペンを手に取る。
何を描けばいいのか、まだ分からない。
でも、描きたい。何かを。
「“今からのわたしたち”って……どう描けるんだろう」
呟いた声は、小さく部屋に溶けていった。
それでも、私はそのページに、最初の小さな線を引いた。




