第83話「好き、だけじゃ足りない日も」
冬の風が、部室の窓を小さく揺らした。
「次、何作る?」
さゆりがそう言ったのは、昨日の放課後だった。
文化祭が終わり、コンクールも一区切り。春までの空白を埋めるために、わたしたちはまた“何か”を作る必要がある。
「いとは?」
その問いが向けられた瞬間、口をついて出るはずの言葉が、不思議なほど出てこなかった。
何が作りたい?
何のために?
……今まで、そんなこと、考えずにやってきたのに。
*
夜、自室の机の上にスマホを並べて、過去の写真をめくった。
コースター、ポーチ、タペストリー。文化祭での展示写真。入選したコンクールの刺繍。
手は動いていた。でも、心は……?
「“好きだから”じゃ、もう進めない気がするんだよなぁ」
小さくつぶやいて、ノートを開いた。
1ページ目の上に、「なぜ、作るのか」と書く。
ペン先が止まる。
しばらくじっと見つめたまま、わたしは何も書けなかった。
書きたいのに、言葉がこぼれてこない。
まるで、透明な糸を手繰ろうとして、指先が空をすべる感覚。
机の上の蛍光灯が静かに唸る音だけが、部屋の中に残っていた。
*
翌朝の部室は、ほんの少しだけ冷たい空気に包まれていた。
カーテン越しの朝日が、机に斜めの影を落としている。
誰もまだ来ていない。針山と糸巻きが昨日のまま置いてある。
わたしは、椅子に座って糸を取ると、いつものように針に通す。
何を作るかは、まだ決まってない。
でも、何かを縫いたくて、指が自然に動いていた。
「問い続けるしか、ないんだよね……」
小さくつぶやいた言葉は、誰にも聞かれないまま、光の中に溶けていった。
そしてわたしは、静かに、でも確かに針を持ち直す。
心の中のまだ言葉にならない想いを、もう一度形にするために。
たとえ“好き”だけじゃ足りない日でも。
わたしは、作り続けたい。




