表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校2年生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/150

第82話「敗けを知っても、手は止めない」

夕暮れに染まりはじめた放課後の街を、いととさゆりは並んで歩いていた。


行き先を決めていたわけではない。

気がつけば、自然と足が向いていた──あの手芸用品店。


木枠のドアを開けると、鈴の音が柔らかく鳴った。

平日の店内は人もまばらで、淡い照明の下、糸と布の香りが優しく包み込む。


二人は言葉もなく、糸の棚の前に立った。


赤、青、紺、オリーブ、クリーム、レモン、空色……

ずらりと並んだ刺繍糸は、どれもさっきまで知らなかった表情でそこにいた。


「ねぇ、なんか……」

さゆりがぽつりと言う。


「何を作るって決めてるわけでもないのに、また見に来ちゃったね、私たち」


いとは笑わなかった。ただ、頷いた。


「うん。……ちょっと、不思議だよね」


棚の一番下、静かなグレーの糸に目を留めながら、いとは続ける。


「こんなに悔しかったのに。負けた、って、ちゃんと感じたのに」

「それでもまた、“次”を探してる。針、持ちたいって思ってる」


となりのさゆりは何も言わず、少しだけ視線をいとの方へ向ける。


いとは、手の中でそっと糸巻きを回した。


「……わたし、たぶんそれが好きなんだ」

「作ってるときの、あの感じ。悔しさの先にも、針を動かしてる自分がいるのが、嬉しいんだと思う」


さゆりは、ようやく微笑んだ。


「それなら、最強だよ。いとは負けても、止まらないんだもん」


二人はそれから、何も買わずに店を出た。


カフェでミルクティーを飲んで、くだらない話をして、笑って。

夕焼けが空を赤く染めていくころ、帰り道の交差点まで来た。


信号が青に変わるのを待ちながら、いとが小さく言った。


「……次は、何を作ろうか」


その声は、とても静かだったけど、

まるで小さな灯のように、ふたりの行く道を優しく照らしていた。


信号が青になる。

針の先が、新しい布に触れるように──

二人は歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ