第81話「わたしたちは、“それでも”」
カタン……。
刺繍枠が机の上に静かに置かれる音が、部室にひとつ、響いた。
その音に続くように、ふたり、みっつ、よっつ──今日も針を持つ手が集まる。
放課後の柔らかな陽射しのなか、手芸部の部室にはいつものメンバーがいた。
いと、さゆり、律、希音。
そして、それぞれの前には、小さな刺繍布と、色とりどりの糸。
もう、コンクールの結果は出ている。
「終わった」と言えば、確かにそうだった。
でも、針は止まっていなかった。
誰かが言葉を交わすでもなく、ただ手を動かしている。
沈黙は重くなくて、けれどどこか、まだ心の奥に残る余韻のようなものを感じさせていた。
「……そういえばさ」
不意に希音が口を開いた。
「この前の文化祭で作った“即興タペストリー”、掲示したいって先生が言ってたよ」
「えっ、本当に?」とさゆりが顔を上げる。
律も手を止めて、「どこに?」と聞いた。
「職員室前の掲示スペース。来週の校内見学に向けて、“各部の取り組み”を展示するって」
その言葉に、いとはふとタペストリーのことを思い出す。
文化祭のラストに、1年生たちと並んで縫った、あの小さな大作。
ばらばらだったはずの色が、最後には不思議と一枚に繋がった、あの作品。
「全国には届かなかったけど──」
希音は、刺繍糸を引きながら、ぽつりと続けた。
「ここには、ちゃんと届いてるよ。うちらが作ったもの」
一瞬、部室の空気がぴたりと止まったように感じた。
でもすぐに、いとの胸の奥に、温かな何かがじんわりと広がっていく。
──“ここに届いてる”。
それは、評価や順位とはまったく別の価値であり、
それでも確かに、「今までの全部」を肯定してくれる言葉だった。
翌週。昼休みの廊下。
掲示板の前に、4人の姿が並んでいた。
タペストリーは、中央の目立つ場所に展示されていた。
淡い布地に、無数の色糸が重なり合ってできた模様。
まっすぐでも、綺麗でもない。けれど、どこか見た人の心に引っかかる、不思議な温もり。
いとはそっと、その前で足を止めた。
「……あの日、あの時間が、こうして“目に見える形”になってるんだね」
さゆりが微笑む。「ちゃんと、残ってるよ」
律は少し照れたように、「下手な針目も含めてね」と言った。
希音が小さく笑って言う。
「ここから、また始めよう」
4人の視線が、ひとつの場所を見つめる。
それは“結果”の先にある風景。
失ったもののあとに残った、“それでも”の続きだった。
そして4人は、そっと笑い合った。
針を持ち続けること、それ自体が、物語の始まりになることを知っているから。




