第77話「手を動かせば、少し近づける」
文化祭当日。朝から校内はにぎやかな熱気に包まれていた。
手芸部の展示教室も、開場と同時に人が流れ込む。親子連れ、制服姿の生徒たち、そして担任の先生までも。
「わぁ……結構、来てくれてるんですね」
刺繍体験コーナーの机を前に、あおばが少し目を丸くした。
「うん。でも、焦らなくて大丈夫」
希音が隣で微笑む。手元には、色とりどりの刺繍糸と、小さな布が並べられていた。
二人で担当するのは、来場者が自由に簡単な刺繍を体験できるコーナー。子どもたちやお母さんが列を作っている。
「こうやって、一緒に布を囲んでると……」
あおばがつぶやく。「なんか、落ち着くんですね」
指に力を入れて、一針ずつ縫っていく。
その横顔に、希音はほんのりと笑みを浮かべた。
「それって、きっと――“仲良くなる方法”なんだと思うよ」
「え……?」
「手を動かすって、黙ってても気持ちが伝わる時間だよね。針を持ってると、どこかで心の距離が近づく気がする」
その言葉に、あおばは目を瞬かせた後、少し頬を染めてうなずいた。
「……そうかもしれません」
その会話の少し離れた場所では、律が他の1年生と一緒に“即興タペストリー”のコーナーを整えていた。
用意したのは、真っ白なキャンバス地。来場者が思い思いの一針を加えていくことで、タペストリーが少しずつ育っていく展示だ。
「先生、この針、どこに通すんですか?」
「どこでも大丈夫。自由に刺してみて。色も好きに選んでいいんだよ」
律の声は優しかった。ぎこちないながらも、1年生たちが少しずつ来場者と会話を交わし始めていた。
――午後。ふとした瞬間、教室の空気が柔らかく混ざり合っていることに気づく。
先輩と後輩。作る人と見る人。すべてが、ゆっくりと、自然に、重なっていく。
「……あれ、すごく綺麗ですね」
来場者のひとりが、展示の一角を指差した。
そこには、完成したばかりの即興タペストリーが飾られていた。
1年生たちと上級生、来場者の小さな一針が、思いがけず調和し、ひとつの風景を描き出していた。
「バラバラなのに、ちゃんと一枚になってるんだね」
律のつぶやきに、希音が「うん」と静かに応えた。
それは、未来へと続いていく一枚。
きっとまた誰かが、そこに糸を通すだろう。




