第76話「わかってよ、じゃなくて」
午後の陽射しが斜めに差し込む中、校舎裏の中庭には、展示用の刺繍台を囲む三人の姿があった。
文化祭まで、あと一週間。
刺繍台に載せる作品の並びをどうするかで、意見がぶつかっていた。
「もっと色の強いものを前に出した方が、文化祭で目立つと思います」
1年のあおばが、はっきりとした声で言った。
「でも、それって……“見てほしいもの”じゃなくて、“目立つもの”になっちゃうよ」
希音は、いつもより少しだけトーンを下げて、静かに返した。
会話は噛み合わなかった。
ふたりとも間違ってない。だけど、譲れなかった。
「……ちょっとだけ、時間ちょうだい」
さゆりが、そっとその場に割って入った。
あおばの肩に手を添え、目線を合わせる。
「ちょっと、歩かない?」
無言のまま、あおばはうなずいた。
二人で歩いた先は、校舎裏の木陰のベンチだった。
葉擦れの音が静かに揺れて、遠くのグラウンドからは応援練習の声が風に乗ってくる。
しばらく無言だったが、先に口を開いたのは、さゆりだった。
「わたしね、今日ちょっと反省したんだ」
あおばがちらりと視線を向ける。
「“わかってよ”って、ずっと思ってた。わたしたちが大事にしてきたもの、作品の見せ方、空気……でも、それって」
さゆりは、指先を刺繍糸の切れ端でなぞるように動かしながら言葉を継いだ。
「わたし、あおばちゃんにちゃんと“伝えて”なかったんだよね。“知ってるでしょ”みたいな顔してた」
あおばは少し驚いたように目を見開いた。
「……でも、私も、ちょっと強く言っちゃいました。なんか……見てもらいたくて、焦ってたのかも」
さゆりは小さく笑った。
「うん。ありがと。ね、あのね――」
そう言って、さゆりはカバンから小さな布の束を取り出した。
柔らかな、未完成の刺繍図案。花と糸が織りなす、やさしい景色の下書きがあった。
「これ、文化祭の展示に入れるつもりで、まだ途中のやつなんだけど……」
そっと、あおばの膝の上に置かれる。
「一緒に仕上げてくれない?」
あおばの口が、小さく開いて、閉じた。
しばらくの沈黙のあと――その手が、布をゆっくりと包み込んだ。
「……はい。わたし、やってみます」
その声は、さっきよりほんの少しだけ、あたたかかった。




