第75話「ようこそ、わたしたちの部室へ」
放課後の教室には、ミシンの軽やかな音と、針の細やかな運びが静かに響いていた。
文化祭まで、あと二週間。
手芸部は例年通り、展示教室の準備に入っていた。壁には歴代の作品を飾り、今年のコーナーには、先日完成した全国コンテスト出品作の写真と、過程をまとめたパネルも設置する予定だ。
「これ、去年より展示数多いですよね」
そう言って首をかしげたのは、1年生のあおば。春から入部していたが、あまり前に出るタイプではなく、今日のように部の中心的な活動に加わるのは初めてだった。
「……あの、すみません。これ、壁側より、もっと中央に寄せたほうが見やすい気がして」
あおばが指さしたのは、手芸体験コーナーの台の配置だった。
いとと希音が考えた動線で配置していたが、たしかに一理ある。
「うん……そうかもね」
いとはそう答えながらも、どこか胸の奥に、小さなざらつきを感じていた。
“この空間”は、去年、いや一昨年からの流れで、自分たちが少しずつ育ててきた場所だった。
それを“整えてくれる”言葉なのに、少しだけ――引っかかる。
「やってみよっか。一回、動かしてから見てみよう」
希音の明るい声で、いとの考えが途切れた。
作業は滞りなく進んでいく。あおばも、その小さな手で布や道具を手際よく並べていく。
――悪い子じゃない。むしろ、よく見てる。そう、わかってる。
それでも、どうしてだろう。
あおばが置いた展示台を見つめながら、いとはそっと息を吐いた。
帰り際、部室の鍵を閉めて、校舎の廊下を歩いていたときのことだった。
窓の外に広がる夕焼けの空を見ながら、いとはふと口を開いた。
「“わたしたちの場所”を開くって、やっぱりちょっと、こわいね……」
独り言のようにこぼれたその言葉に、誰も返事はしなかった。
でも、確かにそれは、今日を表す、いとの本音だった。




