第74話「待っている時間も、きっと物語」
午後の陽が、部室の窓からやわらかく差し込む。
学校生活は、いつものように続いていた。教室、廊下、チャイムの音。だけど、その合間にふと、誰かの指先が止まる。
「……届かないね、まだ」
さゆりが糸を引きながら、ぽつりとつぶやく。
「うん。でも、もうちょっとかな」
いとが答える。明るく返したつもりだったけど、その声に含まれる微かな緊張は、自分でも気づいていた。
律は部誌の整理をしていて、ふと一枚の写真に手を止めた。そこには、合宿中の4人が写っていた。
「……なんか、夢だったみたい」
「でも、ちゃんと縫って残ってるじゃん」
希音が笑って、少しだけ照れたように目をそらした。
──待っている時間。
それはただの空白じゃない。
部室に流れる空気も、交わされる何気ない会話も、刺繍の針を動かす手のリズムも。
ぜんぶ、まだ続いている“わたしたちの物語”の一部だ。
いとは心の中で、そう静かに思っていた。
放課後。4人はいつもの道を歩く。
沈む夕日が遠くの山影に落ちていく。街灯が灯り、空に星がひとつ、またひとつ浮かび始める。
「ねえ、明日も、部活やる?」
律が聞いた。
「……やろっか」
いとが言う。自然と、みんながうなずいた。
「針、持とう。いつも通りに」
その言葉に、誰も特別な意味をつけなかった。ただ、それが必要だと、肌でわかっていたから。
空を見上げると、星がひとつ、瞬いていた。
待っている時間さえも、きっと未来につながっている。
――まだ終わっていない。
むしろ、始まっている。
物語の、次の章が。




