第72話「心にできた、ぽっかり」
全国コンテストへの作品を出し終えてから、数日。
部室には、久しぶりにゆったりとした空気が流れていた。
「……なんか、変な感じだね」
いとがつぶやくと、近くの椅子でのんびりしていた希音が、うんと小さく頷いた。
「がんばってた時間が、急に消えちゃったみたい。なんか……ぽっかりしてる」
ぽっかり。
まさにその言葉通りだった。
針を持たない午後。スケッチも締切もない放課後。予定も、焦りも、達成感すらも――消えたわけではないのに、何かが足りない。
手芸部は一応集まってはいたけど、以前のように黙々と作業するでもなく、皆それぞれに時間を持て余していた。
「何かしようか、って言っても、もう“これ!”って目標もないしね」
希音がぼんやりと窓の外を眺める。
いとも返す言葉が見つからなくて、ただ無言で頷いた。
その日の放課後。
「……うち、来る?」
いとがぽつんと言うと、希音はすぐに「うん」と返してくれた。
いとの部屋には、全国コンテストの制作期間中に使った布の“端切れ”が、箱にまとめて置かれていた。
色も模様もバラバラ。でも、それぞれに物語がある。
「これ……どうするの?」
希音が聞くと、いとは小さく笑った。
「わかんない。でも、なんとなく捨てられないんだ」
二人で布を広げながら、ふとした思いつきで“遊び刺し”を始める。
図案も計画もない。ただ思いつくままに針を動かし、糸を通す。
丸、線、花のような模様、記号みたいな縫い目――意味なんてない。でも、不思議と心が落ち着いた。
気づけば、沈黙がやさしく続いていた。
時計の音と、針の擦れる小さな音だけが、部屋を満たしている。
希音が、ふいに言った。
「……やっぱり、わたし、これ好きなんだな。手を動かしてるだけで、ちょっと安心する」
いとも手を止めて、刺繍枠の向こうから彼女を見る。
まっすぐではないけれど、柔らかく混ざり合った感情が、そこにはあった。
「うん、わたしも。やっぱり、好きだなって思った」
二人は小さく笑い合った。
何かを「作らなきゃ」という気持ちじゃない。ただ「好きだから、針を動かす」時間が、心の隙間を少しずつ埋めていく。
ぽっかりと空いたはずの心が、ゆっくりと満たされていくのを、二人は感じていた。




