第71話「ポストに託した日」
秋の気配が、ほんの少しだけ校舎の隅に漂い始めていた。
午後の部室。机の上には、四人で縫い上げた全国コンテスト出品作が、静かに置かれている。
いとが最後の確認を終え、そっと息を吐いた。
「……よし。大丈夫」
「これで本当に出すんだね」
律が少し緊張した声で言い、希音は「変なミスしてたらどうしよう」と言いながらも、目元はどこか晴れやかだった。
「これまでの全部を入れたんだもん。自信、持ってもいいはずだよね」
さゆりがそう言って、宛名を書いた封筒を手に取る。
その中に作品を丁寧に畳んで入れた瞬間、なぜだか、部屋の空気がひと呼吸分だけ止まった。
無言のまま、四人はそれを見守っていた。
どきん、と鼓動が響いた。
これは“完成”じゃなく、“始まり”。そんな気がした。
そして、夕方。
「じゃあ、行こうか」
さゆりが言い、四人は連れ立って最寄りの郵便局へと歩き出す。
いつもより少し重たく感じる封筒を、いとは自分の両手で大事に抱えていた。
郵便局の窓口に並ぶ間、誰も言葉を発さなかった。ただ、どこかふわふわと現実感のないような時間が流れる。
受付の女性が笑顔で封筒を受け取った。
「全国コンテスト……素敵ですね。無事届きますように」
その言葉に、四人は同時に小さく頭を下げた。
封筒が奥の棚に運ばれていく。
その瞬間、不意に緊張の糸がぷつりと切れて――
「……終わった……!」
律がぽつりとつぶやき、希音が吹き出すように笑った。
「やば、手汗で封筒ふやけてないかな……」
「やめて、ほんとに不安になるから!」
笑いながら、さゆりが希音の肩を軽くたたいた。
笑い声の中に、安堵と、名残惜しさが混ざっていた。
帰り道、川沿いの橋を渡る途中、いとはふと足を止める。
夕焼けが水面を染めている。
「……なんか、もうちょっとだけ、寂しいね」
ぽつんと、つぶやくように言った言葉。
さゆりが振り返り、微笑む。
「まだ何も終わってないよ。むしろ、やっと“作品が旅に出た”って感じ」
希音が川に向かって手を振り、律が「元気でねー!」と冗談っぽく叫ぶ。
いとは、もう一度空を見上げた。
夕暮れのオレンジが、ゆっくりと藍に沈みはじめている。
「どうか、届きますように」
小さく、けれど心からの願いをこめて、祈る。
それは審査員への祈りではなく、自分たちが見た景色を、少しでも誰かに手渡せるように――
そんな、旅立ちの祈りだった。




