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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校2年生

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第68話「すれ違いと、気づき」

 合宿二日目の朝。工芸室の扉を開けた瞬間、空気が変わっていた。


 糸の色を選ぶ音。針が布を裂く小さな音。誰もしゃべらないのに、部屋は賑やかだった。


 「……集中しすぎて、呼吸忘れそう」


 思わずぼやいたのは希音だった。けれど、その表情は真剣で、どこか満たされたようでもある。


 律は、黙って手を動かしているいとの背中を見つめた。さゆりも黙々と作業に没頭している。


 「これって……“チーム”なんだろうか」


 そう問いかけても、誰の耳にも届かない。今、彼女たちは“それぞれの手”で、ひとつの作品を縫っている。


 夕食後。工芸室の灯りが落ち、談話室で数人が飲み物を片手にくつろいでいた。


 律はテーブルの端で、ミルクティーを指でゆっくり回していた。

 希音が隣に座ると、自然と話が始まる。


 「ねえ、今日……全然話してないよね、わたしたち」


 「うん。でも、今だけは会話より、手を動かしたいんだ」


 「それって……“ひとりで作る”ってことと、どう違うんだろう」


 希音は、一瞬だけ目をそらした。

 「……違わないかもしれない。でも、違うと思いたい」


 ふたりの間に、言葉を越えた何かが落ちてきた。軽くて、重い沈黙。


 深夜。

 律はふと目が覚め、部屋を抜け出して、廊下に出た。


 廊下の突き当たり、非常灯の淡い緑色の下で、小さな人影がしゃがみ込んでいた。


 「……希音?」


 静かに声をかけると、希音は図案ノートを抱えたまま、顔を上げた。

 「ごめん、起こした?」


 「ううん。眠れなくて。……何してたの?」


 「みんなの図案、思い出してた」

 小さな笑いを含みながら、希音は言った。


 「今日、ほとんど誰とも話してないけど……でも、ずっとみんなのことばっかり考えてるんだ。

 色も、構図も、リズムも。どうやったら、みんなの“らしさ”がちゃんと残って、でも一枚になるかって」


 律は、それを聞いてふっと肩の力が抜けた。

 「……それ、たぶん、“会話”なんじゃないかな」


 「え?」


 「言葉が少ない日もあるよ。でも、今、わたしたちの作品って、ちゃんと話してる気がする」


 希音の目が驚いたように丸くなって、そしてゆっくり笑顔に変わっていく。


 「そっか。じゃあ、ちゃんと通じてたんだね」


 ふたりはそのまましばらく黙って、廊下の冷たい床に座っていた。


 工芸室の壁に吊るされたタペストリーの下書き。

 その中に、新しく加えられた刺繍糸が、ほんの少しだけ“混ざり”始めていた。


 律がよく使う、深い青に、希音の夢みたいな桃色が、そっと寄り添うように。


 それはまだ仄かで、頼りなくて、でも確かに“同じ布”の中で、交わっていた。

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