第66話「ちゃんと届いていた」
展示会、最終日。
白いテントの下、風に揺れる作品解説のパネル。午後のやわらかな光が、刺繍の布面に斑に射し込んでいた。
ふと、律が新聞を広げて声をあげた。
「……載ってる、私たち」
地域新聞の文化欄に、小さく写真と記事があった。
『高校手芸部、地域展示で“心を縫う”。言葉があったからこそ想像が広がった』という見出し。
記事には、展示会を訪れた町の人々の感想も添えられていた。
「色づかいが優しくて、昔の実家のことを思い出しました」
「針仕事って、なんでこんなにあたたかいんだろう」
「言葉を読んで、やっと見えてきた“物語”がありました」
いとは新聞をじっと見つめて、ほんの少し唇を噛む。
そこに、郵便物の束が届いた。
差出人は――地元の保育園、町内会、図書館。中身はすべて、展示会への感想だった。
「えっ……こんなに……?」
希音が目を丸くする。
子どもの拙い文字で「お花がかわいかった」「ふうけいのぬいかたがふしぎだった」
年配の女性からの手紙には「孫と見に行って、また手を動かしてみたくなりました」と綴られていた。
静かな部室。
壁にはまだ、展示から戻ってきた作品たちが掛けられている。
その空間の隅、窓際に座っているのは、まどかだった。
笑っていた。穏やかに、静かに。
涙は、もうどこにもなかった。
「なんか……」
さゆりがつぶやく。
「“言葉にする”って、思ってたより怖くなかったね。いや……怖かったけど、ちゃんと“返ってくる”んだね」
「うん……」
律も、そっと頷く。
「伝えようって、思ったから……受け取ってくれたんだよね」
希音は手紙を抱きしめるようにしながら、小さくつぶやいた。
「嬉しい……」
その空気の中で、いとがふと窓の方に視線をやった。
柔らかな陽射しの中、静かに頷くまどかの姿があった。
いとは目を伏せて、そっと言葉を落とした。
「……ちゃんと、届いてたんだ。
わたしたちの、色も……針も……言葉も」
誰も、何も言わなかった。
けれど、その静けさは、確かな“決意”で満ちていた。
窓の外では、夏の気配が少しずつ近づいていた。
全国コンテスト本番に向けて――物語は、次の一針を待っている。




