第63話「伝えるために、ほどく」
薄曇りの空の下、校門に一枚のチラシがひらりと舞い落ちた。
さゆりがそれを拾い上げると、手芸部の作品展示が予定されている地域展示会のポスターだった。
「やっぱり……本当にやるんだね」
放課後の部室に戻ると、顧問の先生が書類を手に現れた。
「はい、地域展示会への参加が正式に決まりました。展示物は全国コンテスト用の作品でいいけど、ひとつお願いがあるの。『来場者向けの解説パネル』をつけてほしいの」
「……解説?」
思わず、いとが声を上げた。
展示するのは、あくまで作品。見れば伝わる。そう思っていた。
「なんか、ちょっと……苦手かも」
ぽつりとこぼしたいとに、さゆりが振り向く。
「でもさ。わかってほしいなら、伝え方を工夫するのも、私たちの責任かもよ」
その言葉は、まっすぐだった。だからこそ、少しだけ痛かった。
──展示会準備の日。会場は市民会館の一角。
白いパネルが並び、各校の作品が設置されていく。
いとたちはタペストリーを掛けると、空いたスペースにA3の紙を貼り出した。
そこに書かれているのは、作品タイトルと、各自が考えた“解説”文だ。
「“関係を縫う風景”……か」
いとは自分の言葉を読み返して、小さく首を傾げる。
──これは、私の言葉、だけど。
本当に“届く”のかな?
「なやんでる?」
隣で準備を進めていたさゆりが声をかけてきた。
「……うん。“見れば伝わる”って思ってたけど、それって、ちょっと甘えてたかも」
布と糸なら、自由に語れる。けれど、言葉にしようとすると、急に曖昧になる。
何を、どう伝えたいのか。
自分でも、よくわからないことに気づいてしまう。
「うまく言えないけど、こう……何かを“ほどく”みたいにして、自分の中を探る感じ、する」
「ほどいても、また結び直せるよ」
さゆりは、優しく笑った。
「刺繍もそうでしょ? 間違えたら、一回ほどいて、でも、また針を進めればいい」
その言葉に、いとはふっと笑みをこぼす。
「うん……そうだね。私、ちゃんと“ほどいてみる”。自分の中の、閉じてたとこ」
その日の帰り道。
校門前で立ち止まり、いとは夕空を見上げた。
オレンジと灰色の雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいる。
「伝えるって、怖い。でも……」
小さく息を吐き、いとはつぶやいた。
「……ほどいても、もう一度、結びなおせばいいよね」
手の中で、まだ使いかけの刺繍糸がふわりと揺れていた。




