第62話「わたしたちで、しか作れない」
机の上に広げられた下絵は、色と形が混ざり合って、少し雑然としていた。
けれど、その“雑然”こそが、いとにとって答えのような気もしていた。
──でも、本当にこれでいいのかな。
いとは刺繍枠を手にしたまま、静かに自問する。
“バラバラ”と“融合”。その境界線は、目に見えないほどあいまいだ。
個性を生かすって言うけれど、それってただ、好き勝手にすることとどう違うんだろう?
「……うーん」
唸りながら、窓の外に目を向ける。
空は灰色に染まり、細かい雨粒がガラスを打っていた。
下校時間。昇降口。
傘を忘れた生徒たちが、軒下で様子をうかがっている中で──
いとは、思わず足を止めた。
傘を持たず、ただ立っていたのは、希音と律だった。
ふたりとも、特に会話をしているわけではない。
ただ、同じ空間に立ち、同じように雨を見つめている。
その静けさに、いとは胸を打たれる。
やがて、誰かがそっと傘を差し出した。
律だった。
少しだけ迷ったあと、希音もその傘に入る。
傘の下で交わされたのは、ほんの一瞬の目線と、微かな笑みだけ。
言葉はない。でも、それだけで十分だった。
夕方の部室。
集まった4人は、それぞれの手に針と糸を持っていた。
けれどその雰囲気は、これまでとまるで違っていた。
「ねえ、いと」
さゆりが口を開く。
「“完成度”よりも、わたしたちしか作れないものを目指さない?」
いとは、その言葉に大きく頷いた。
「うん。“きれい”とか“正確”とかじゃなくて、私たちの“今”を刺すってことだよね」
希音が、ぱっと笑顔を見せた。
「じゃあ、決まりだね! 自分の色と、相手の色を混ぜて刺していく!」
律も、小さくうなずく。
「……混ぜるって、意外と難しい。でも、それが面白い」
さゆりがノートを開き、再構成の図案を書き始める。
ひと針ひと針が、境界を曖昧にし、心と心を少しずつ近づけていくようだった。
作業の手を止めて、ふと、いとは針を持つ手を見下ろす。
そこには、明らかに“誰かの色”が混ざっていた。
自分の手で、誰かの色を刺している。
そのことが、なんだか嬉しかった。
そっと、いとは呟く。
「この刺繍、きっと“風景”じゃなくて、“関係”を描いてるんだね……」
窓の外では、雨が少しずつ止みはじめていた。




