第6話「いとのミス」
刺繍枠の中に広がる布の白が、少しずつ色に染まっていく。
まどかが下絵を写した図案に沿って、それぞれが担当するパートを縫っていく作業。
いとは“光”の部分、葉の隙間から差し込む木漏れ日を任された。
「ここは2本取りで、ゆっくり引いてあげると綺麗に浮かぶよ」
まどかが柔らかく教えてくれる。
「うん……やってみます」
でも、思っていたよりも難しい。糸がねじれ、針が進まない。
緊張で手の力が強くなりすぎて、布がひきつる。
(あれ、これって……)
焦った瞬間、針が生地の表面をざっくりと裂いてしまった。
「──あっ」
乾いた音が布に染み込む。
そこには、明らかに“間違った”糸のライン。しかも、もう消せない深さ。
「や、やっちゃった……!」
慌ててやり直そうとした指先がまた滑り、糸を引きすぎて、縫い目が歪んでしまう。
「……っ!」
「いとちゃん、大丈夫?」
声に振り返ると、まどかがそっとのぞき込んでいた。
いとはうつむき、言葉が出ない。
「ほら、見せてみて……うん、ちょっと布が痛んじゃってるけど、これは直せるよ」
まどかの言葉はやさしかった。声も、表情も。
だけど、いとの心はそれに応えられなかった。
「……ごめんなさい」
それだけしか言えなかった。
*
帰り道、部活を終えて校門を出たはずなのに、駅には向かわなかった。
いとは購買部の横にあるベンチに座っていた。
夕方の西陽が、校舎の壁に長い影を落としていた。
手元の指先を見つめる。さっき失敗した右手の人差し指が、少し赤くなっていた。
「なんで……ちゃんとできないんだろう」
針も、糸も、わたしを拒んでるみたい。
さゆりの刺繍はいつも綺麗で、まどか先輩は、どんな布でも自由自在に扱える。
それに比べて、わたしは──
「私、向いてないのかな……」
ポツリとつぶやいた声が、ベンチに落ちた影の中へと溶けていく。
*
だけど、この挫折もまた、ひと針のように。
やがて誰かと繋がる“糸口”になることを、いとはまだ知らなかった。