第58話「わたしたちの一針」
部室の空気は、少しだけ張りつめていた。
コンテストの締切まで、あと3日。
テーブルには、4つの“風景”が刺し込まれた大きな布が広がっている。
カラフルで自由な希音のパート。
静かで繊細な律の世界。
淡い光をテーマにした、さゆりの優しい色使い。
そして──いとの春を思わせる、小さな花たち。
それぞれが個性を放っている。でも、どうしてもその“境界”──つなぎ目だけが、まだ手つかずだった。
「……このままだと、バラバラに見えちゃうかな」
さゆりがぽつりとつぶやいた。
「ううん、個性は出てると思う。すごく、いい風景になりそう」
いとは微笑んでそう言いながらも、その“つなぎ”に視線を落とす。
少しのズレ、縫い幅の違い、糸の色の揺らぎ――。
それらは、作品に“あたたかさ”を加えるはずなのに、さゆりは不安を抱えていた。
「……やっぱり、わたしが全部、仕上げたほうがいいのかな」
責任感と迷いが入り混じる声だった。
「さゆりちゃん」
いとは、静かに言葉を選ぶ。
「“全部完璧”より、“みんなで作った”って伝わるほうが、手芸部らしいと思うんだ」
「手芸部らしさ……」
さゆりは、机の片隅に置いてあったまどか先輩のポーチに目を落とす。
少しだけ糸が緩んでいる部分、角がふわっと丸くなっている部分。
でも、それがどこか、やさしい。
まどか先輩の刺繍は、決して機械みたいに正確じゃなかった。
それでも、見る人の心に残る“手のぬくもり”があった。
「――“つなぎ目”にこそ、心が出るんだよね」
ふいに、昔のまどかの言葉がよみがえる。
次の日の昼休み。図書室の窓際。
いととさゆりは、布を広げたノートを前に座っていた。
あと2日で完成させるには、やっぱり、どこかで“決めなければ”ならない。
「ねえ……“つなぎ”ってさ」
いとが静かに切り出す。
「4人で刺してもいいと思う。色も、形も、バラバラでもいい。
そのほうが、“みんなで作った”って、ちゃんと伝わると思うから」
さゆりはしばらく考えて、ゆっくりとうなずいた。
「……わかった。じゃあ、合作にしよう。
この真ん中は、わたしたち“みんなの一針”ってことで」
そして、放課後の部室。
4人が向き合って座り、ひとつの刺繍枠に針を落としていく。
ピンクから青へ、緑からグレーへ。
糸は少しずつ重なり、ほどけながらも、新しい形をつくっていく。
誰かの色を引き継ぎ、
誰かの針目に、自分のリズムを重ねる。
ときどき、笑って。
ときどき、無言で集中して。
そうやって、「つなぎ目」が“わたしたち”の一番あたたかい場所に変わっていった。
完成したタペストリーは、どこかいびつだった。
色がはみ出しているところも、刺し方の違いも、きっと審査員には見えるだろう。
それでも――誰ひとり、不満げな顔はしていなかった。
窓辺で、光に照らされながらタペストリーを見つめる4人。
「これが……私たちの“今”なんだね」
さゆりの言葉に、全員が静かにうなずいた。
「誰か一人じゃ、きっとこうはならなかった」
「でも、みんなで縫ったから、ここまで来られたんだよね」
「なんかさ、ちゃんと“部活”になってきた気がする」
「……次も、一緒に作ろうね」
それぞれの声が、ゆるやかにつながっていく。
小さな一針が、今日もまた、誰かと誰かを結んでいた。
To be continued...




