第56話「何を、どう縫う?」
午後の部室には、裁縫箱ではなくスケッチブックと鉛筆が並んでいた。
全国高校生手芸コンテスト──そのテーマは、「わたしたちの風景」。
形式は自由。個人でも団体でも応募可能。
つまり――どんなものを、どう作ってもいい、ということだった。
「なんでもって……逆にむずかしいよね……」
さゆりが頭をかかえる。テーブルには真っ白な紙が置かれたままだ。
「はいっ! 夢の国とか、空に浮かぶカラフルな街とか、どうかな!」
希音が勢いよく手を上げる。
「カラフル……すぎて、見えないかも」
隣の律が、小さな声で呟いた。
「じゃあ、白黒で統一して、静かな街並みとか」
「それはそれで、味はあるけど……まとまらないね」
アイデアは出る。でも、方向性がバラバラだった。
夢のような幻想世界を描きたい希音。
余計なものを削ぎ落としたい律。
そして、どちらにも賛成したいけれど、決め手が見えないさゆりといと。
「“風景”って、なんだろうね……」
さゆりがぽつりとつぶやいた。
しばらく考えてから、彼女はそっと口を開いた。
「風景って……景色のことだけじゃなくて。
たとえば、誰かと一緒に過ごした時間とか、思い出とか……心の中の“記憶”も含めて、じゃないかなって」
「心の中の……風景……」
その言葉が、いとの胸の奥に静かに届いた。
その夜。
いとは自宅の作業机の上で、かつて刺した“梅の花”の刺繍を見つめていた。
(あのとき、私は“春”を見つけたんだよね)
ひと針ごとの感情。
まどか先輩との出会い、自分の手で何かを形にしたあの感動。
それは、景色ではなかったけれど――確かに“風景”だった。
「……わたしたちの“今”を、残せたらいいのに」
その呟きが、小さな灯のように胸にともる。
翌日、再び集まった部室。
いとはスケッチブックを開きながら、提案を口にした。
「それぞれの“風景”を、ひとつの布に縫い合わせてみない?」
「えっ?」
「たとえば、希音の“夢の街”も、律の“静かな風景”も、さゆりの“記憶”も、わたしの“春”も……
みんな違うけど、でも全部“わたしたち”の風景。ひとりひとりの布を、つなげるように作ってみたいの」
「……タペストリー、みたいな?」とさゆり。
「うん! 一枚の大きなタペストリーに、それぞれの世界を刺繍していくの。
同じ空の下に、ぜんぶの“風景”があるみたいに」
「おおー! なんかそれ、いいかも!」
希音が目を輝かせた。
律も、ゆっくりと頷く。「……言葉にできなかったけど。そういうの、好き」
「一枚の布に、わたしたち全員の針目が並ぶんだね」
さゆりが優しく微笑む。
こうして、彼女たちの作品の輪郭が、少しずつ形を取り始めた。
ひと針ずつ。ひとつの風景ずつ。
それは、まさに“わたしたちの今”を縫いとめる旅の始まりだった。
To be continued...




