第49話「ようこそ、春のドアへ」
春の朝。昇降口から差し込む光が、きらきらと床に反射している。
いとはポスターを手に、緊張した面持ちで廊下を見つめていた。
それは展示スペースへと続く、手芸部の小さな“ステージ”。
「……よし」
彼女はそっとポスターを壁に貼る。
そこには、淡いピンクの布地に刺繍糸で描いた一言があった。
「ようこそ、春のドアへ」
その言葉に込めたのは、「はじめての一歩を、わたしたちと一緒に」という願い。
やがて、ぞろぞろと新入生たちが校舎を歩き始める。
いとは、隣で同じように見守っていたさゆりと視線を交わし、無言のうちに深呼吸した。
展示スペースには、手芸部の“はじまり”が並んでいた。
ぎこちない最初の作品、簡単なワンポイント刺繍、カラフルな布見本。
「わあ、これ、かわいい……」
「これって、手縫い? すごーい!」
「どうやって作るんだろう……?」
足を止める新入生たちの声に、いとは胸の奥がふっと温かくなる。
「ねえ、ちょっと、見てるよ。うれしいね」とさゆりが小声でささやく。
「うん……ちゃんと、届いてる気がする」
どの子もまだ制服の袖が少し長くて、鞄の持ち方もたどたどしい。
けれど、展示の前に立つその姿は、間違いなく“これから”の気配をまとっていた。
部室では、ミニ体験コーナーが開かれていた。
小さな刺繍枠と色とりどりの糸が用意され、いととさゆりが使い方を優しく説明する。
「えっ、針……ちょっとこわいかも」
そう言いながらも、目を輝かせて布をのぞきこむ新入生の女の子。
「でも、やってみたいな……この、クローバーのやつ」
「大丈夫。ゆっくりでいいから、まず最初のひと針をやってみて」
いとは笑顔で針を手渡す。
震える指先で、恐る恐る糸が布をくぐる瞬間──その子の目が、ぱっと開く。
「……あ、できた……!」
小さな歓声に、周囲の空気が少しだけ明るくなる。
さゆりもそっと寄って、「それ、私も最初にやったモチーフだよ」と優しく声をかける。
その日の見学が終わり、夕方の光が部室に差し込む。
いとは、掲示板に残された感想メモを読みながら、つぶやいた。
「“次の春”が、今ここに来てるんだな……」
入学式はまだ少し先。だけど、針と糸の間から、確かに新しい季節がのぞいていた。
彼女はそっと机の上の刺繍枠に目をやる。
そこには、咲きかけの小さな花──
まるで「ようこそ」と、誰かを迎えるための一輪のように。




