第48話「わたしたちの展示企画」
春休みの午後、学校の図書室は人もまばらで、静かなページをめくる音だけが響いていた。
その隅のテーブルに、いととさゆりの二人。
手帳、付箋、カラーペン、資料プリント──机の上はちょっとした“作戦会議”のようになっている。
「新入生向けの展示……何を見せたらいいんだろうね」
いとは、手帳に書き込んだ案を見つめながら、ペン先をくるくる回した。
「うまい作品を見せるだけじゃ、たぶん足りないよね」とさゆり。
「うん。手芸の“やさしさ”とか、“あったかさ”も伝えたいんだよね……まどか先輩みたいに」
二人の視線が、同時にまどかのノートに向く。
そこに書かれていたのは、いつかのメモ。
「見てくれる人の心に、針が“ちくり”と届けばいい。それは、やさしい痛みかもしれないけれど」
いとはふっと息を吐いた。
「だったら──“自分もやってみたい”って思ってもらえるような展示にしよう」
その言葉に、さゆりの目がぱっと明るくなる。
「それ、いい。やってみたい、って思える展示。つまり……“はじめての針と糸”って感じ?」
「……それだ!」
いとは思わず手を叩いた。
「テーマは《はじめての針と糸》。手芸をやったことない子にも、“一歩目”を想像してもらえるような展示にしよう!」
その日の午後、二人は部室に移動した。
ロッカーの奥から、昔の作品が入った箱をひっぱり出す。
少し歪なフェルトのマスコット、色合わせが微妙なピンクの針山、作りかけの刺繍フレーム。
「これ、私が中一の時に作ったやつ……へたくそすぎて笑えるね」
そう言いながらも、さゆりの表情は優しかった。
「でも、こういうのこそ、いいかもね。完璧じゃないところが、かえって親しみやすいというか」
「“最初ってこんな感じ”って、伝えられるしね」
いとは、布箱の中から小さな刺繍サンプルを取り出す。
ハート、クローバー、イニシャル、猫の足あと──どれも簡単だけど可愛い。
「これ、初心者用のワンポイント。布に並べて“やってみようコーナー”にできそう」
「いいね。展示ホワイトボードの下に、小さな解説カードもつけよう」
アイデアが次々と浮かび、手帳のページがどんどん埋まっていく。
夕方、ホワイトボードの前。
イメージスケッチを貼り出しながら、いとはつぶやく。
「わたしたちの“原点”を、新しい誰かに渡せたらいいね」
それは、まどかからもらった“針と糸”を、今度は自分たちが誰かに手渡すということ。
さゆりは静かにうなずいて、こう返す。
「うん、きっと誰かの“はじまり”になるよ」
薄く夕焼けが差し込む部室に、針と糸のぬくもりが、そっと灯るような気がした。




