第47話「まどかの制服」
春の空は、少しずつその色を変えていく。
窓から差し込む光も、どこか柔らかくなったように思えた。
その日、いとは部室の扉を開けて、小さな紙袋を手に入ってきた。
「これ……まどか先輩から届いたの」
袋の中にあったのは、まどかの制服のブラウスだった。
糊の取れた柔らかな白地。袖口にほんのり色褪せた刺繍糸の跡。
添えられた手紙には、こう綴られていた。
「練習用にでも使ってね。わたしの代わりに、あなたの針で、何かを残してくれたら嬉しいな」
手紙の文字に滲む“信頼”と“優しさ”に、いとの胸はふわりとあたたかくなった。
その晩。
いとは自宅の机に、まどかのブラウスをそっと広げた。
「わたしに、できるかな……」
袖口にそっと指をあてる。
そこで止まった針の跡に、自分の針を添えるように、糸を通した。
浮かんできたのは、あの日の記憶。
はじめての春、はじめての出会い、はじめて“この部活が好き”だと思えた時間。
そのとき、空を見上げて咲いていた、小さな梅の花。
──これを、まどか先輩の印にしよう。
そう決めて、いとは一針ずつゆっくりと刺していく。
紅でもなく、桃でもなく。
いとの選んだ色は、白にほんのり紅がにじむような、淡い花の色だった。
指先に、想いがこもる。
「想いって、針に……込められるんだ」
言葉では言いきれない感謝、憧れ、寂しさ。
全部、この一輪の花に託した。
後日、そのブラウスは部室の棚に飾られた。
“記念品コーナー”の新しい一枚。
ただの制服ではない。手芸部の“軌跡”が縫い込まれた、静かな証だった。
帰り道。
校門をくぐると、夕暮れが街をやさしく包んでいた。
いとはひとりで坂道を歩きながら、空に浮かぶ雲を見上げる。
「想いは、針でつながるんだな……」
そして、ぽつりと心の中でつぶやく。
「わたしも、誰かの“春”になれたらいいな」
風にそっと髪が揺れる。
その言葉を、どこかでまどかが聞いてくれていたような、そんな気がした。




