第45話「送る言葉、伝えたいこと」
三月、風が少しだけ春めいてきた放課後。
教室の一室には、紙花とガーランド、そして部員たちの手で飾られた刺繍作品が彩りを添えていた。
「これで……準備、いいかな?」
部室で使っていた刺繍糸の空きボビンをリボンに巻きつけ、さゆりが最後の装飾を机に飾る。
いとはその横で、手作りの小さなケーキの箱をそっと机に置いた。
「……なんか、緊張するね。ちゃんと伝えられるかな、言いたいこと」
「大丈夫。いとなら、伝わるよ」
さゆりの声が、ほんの少し揺れていたのに気づいたけれど、いともそれを指摘はしなかった。
みんな、きっと同じ気持ちなのだ。うれしくて、さみしくて、どうしようもない。
そのとき、扉がそっと開く音がした。
「おじゃましまーす」
制服の上に明るいストールを羽織った、まどかが顔を出す。
その笑顔を見た瞬間、空気がふわっとほどけたような気がした。
「わぁ……なにこれ、可愛い……」
「部としての、ささやかな送別会です」
いとが胸の奥をぎゅっと締めつけながら、笑顔を作った。
送別会は、本当にささやかなものだった。
飾り付けと、数枚の写真。部室で撮った記念ショット、展示会のワンシーン。
そして、3人で過ごした冬のクリスマス交換会のときの一枚。
中央には、刺繍で「ありがとう」と綴られた布地が飾られている。
「……楽しかったよ。ほんとに」
まどかが、小さな封筒を2通取り出した。
「いとちゃん、さゆりちゃん。それぞれに、お手紙書いたから。あとで読んでね」
受け取った瞬間、いとは何かをこらえるように視線を落とした。
これが本当に、まどかと過ごす“最後の部活の時間”なのだと思ったら──胸の奥がじんわりと熱くなった。
「まどか先輩」
呼びかけると、先輩はやわらかく振り返る。
「わたし、まだまだ未熟で、頼りなくて……だけど、まどか先輩に出会えて、ほんとうによかったです」
震える声をなんとか抑えながら、いとはしっかりと目を見て言った。
「ありがとうございました」
まどかは一瞬目を潤ませ、そして、いつものあたたかな笑みで答えた。
「わたしも。二人に出会えて、幸せだったよ」
送別会が終わっても、校舎の外はまだ夕暮れの明るさが残っていた。
いとは人気のない校舎裏のベンチにひとり座っていた。
ポケットの中の手紙が、まだほんのりと温かい。
先輩のいない手芸部。
笑い合った時間が、もう過去になっていく。
でも、悲しいだけじゃないのは──
「……さみしいけど、大丈夫。きっと、大丈夫だよ」
そっと呟いた言葉は、かすかな風に乗って空へと溶けていった。
春の予感がする空の下、いとは静かに目を閉じた。
先輩にもらった言葉と想いを胸に、彼女の中でまた、新しい糸が結ばれていくのを感じながら。




