第44話「小さな花が咲く日」
展示会場の入り口には、手作りの花飾りが風に揺れていた。
地域の文化センター。大きな会場ではないが、温かい空気が満ちていた。
「けっこう、人いるね……」
いとが少し緊張した面持ちでつぶやくと、隣のさゆりも小さくうなずいた。
「作品、もう展示されてるかな」
受付を済ませて中へ入ると、壁一面に並んだミニ作品が視界に広がった。
毛糸、布、ビーズ、レース。刺繍だけでなく、さまざまな手芸が並ぶその空間は、どこか春の花畑のようだった。
そして、いととさゆりの作品も、静かに並んでいた。
いとの作品は、小さな白い布に咲いた梅の花。
柔らかく、でも芯のある一輪の花は、見る人の心に“思い出の春”をそっと運ぶようだった。
さゆりの作品は、淡いグラデーションで描かれた「雪解けの地面」。
冷たさを残しつつも、じんわりと溶けていく風景は、見る者に“移りゆく感情”を語りかける。
ふたりの作品は隣り合い、まるで一つの物語のように並んでいた。
「……優しい作品ですね」
「切ないけど、美しいわね」
作品の前に立つ来場者から、そんな声が聞こえた。
いとは少し頬を赤らめ、さゆりはそっと視線を落とした。
――結果発表。入賞者の名が読み上げられていく。
いととさゆりの名は、呼ばれなかった。
けれど、不思議と悔しくはなかった。
むしろ、心の奥に灯る何かが、あたたかくて誇らしかった。
夕暮れの道を並んで歩きながら、いとは小さな声で言った。
「……自分の作品が“誰かの目”に触れるって、やっぱり特別だね」
さゆりはうなずいた。
「うん。たった一歩だけど、自分から踏み出せた気がする」
街路樹の間から差し込む夕陽が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
その日の部活の帰り、いとは棚の上に、展示したミニ作品をそっと並べた。
さゆりも無言で隣に立ち、自分の作品を置く。
ふたりの“春”は、小さな布の上に静かに咲いていた。
「次は……どんな春を縫おうか」
いとの言葉に、さゆりがふっと微笑む。
「まだ寒いけど……春は、また来るよね」
棚の上、二つの作品が並ぶその光景は、まるで小さな花壇のようだった。




