表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校1年生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/150

第43話「さゆりの春は、まだ遠い」

机の上には、淡いピンクや若草色の刺繍糸が並んでいた。

 けれど、それらにはまだ針も通されず、静かに光を反射しているだけだった。


 さゆりは頬杖をついたまま、じっとそれらを見下ろしていた。


(……やっぱり、違う)


 「私の中の春」――そう聞いて、誰もが思い浮かべるような、明るくて、柔らかくて、きらきらしたもの。


 だけど、自分の中にある感情は、それとはほど遠い気がした。


 不安定で、まだ冷たくて、晴れたり曇ったりしている空のような気持ち。

 それを“春”と呼ぶには、どこか無理がある気がして、さゆりは手が止まっていた。


「……春なんて、きれいすぎる」


 思わず、呟いていた。


 その日の午後、いとと手芸店へ出かける約束をしていた。

 久々の買い出しだったが、さゆりの足取りはどこか重たかった。


 色とりどりの糸に囲まれても、心は晴れなかった。


 そんな帰り道。薄く雪の残る歩道を歩きながら、さゆりはぽつりと口を開いた。


「春って……来たくないときもあるよね」


 いとは歩調を合わせながら、静かに横を向いた。


「……うん。そういうとき、あると思う」


 さゆりは少しだけ驚いた。否定されると思っていたのに。

 でも、いとは続けた。


「でもね、さゆりの“春”がどんな形でも……わたし、ちゃんと見たい」


 その言葉に、さゆりの胸がきゅっとなった。


 わたしの春。

 それは、咲き誇る桜じゃないかもしれない。

 花束でも、新しい出会いでもないかもしれない。


 でも――


(もし、それが“雪解け”だとしたら?)


 夜、さゆりは作業机に向かった。

 薄いグレーから、白、そして水色、淡い桃色へとつながる糸を一本ずつ並べてみる。


 寒さが残る景色に、少しずつ光が差し込んでいく。

 すべてが一気に変わるわけじゃない。

 でも、ゆっくり、確かに、冬が終わっていく。


「……これでいこう」


 小さく呟いた声は、自分の中に響いた。


 さゆりは、そっと最初の一針を刺した。

 それは、まだ冷たい空気の中に滲む、確かな“始まり”だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ