第40話「引き継ぎと、はじまり」
冬の陽が差し込む、放課後の部室。
コタツの上には、温かい紅茶と、数冊のノート。そして、静かな緊張が漂っていた。
まどかは、ふだんと変わらぬ笑顔で言った。
「じゃあ――そろそろ、正式に引き継ぎしよっか」
いととさゆりが息をのむ。まどかはノートを一冊ずつ二人に差し出す。
「いと、新部長。さゆり、副部長。これからの手芸部、任せるね」
突然すぎるその言葉に、いとは思わず固まった。
「え……わたしが、部長……?」
自分の指先が震えているのがわかる。
まどかがいる手芸部しか知らない。彼女の声に、背中に、どれだけ支えられてきたか。
その人が、もう“いない未来”を託すと言うのだ。
そんな不安を、まどかはすぐに見抜いたのだろう。
やわらかく微笑んで、こう言った。
「いとには、いとのやり方があると思う。わたしと同じじゃなくていいんだよ」
まどかの目はまっすぐだった。優しいけれど、ちゃんと覚悟のあるまなざし。
「自分にしかできないやり方で、引っ張っていけばいいの。信じてるよ」
その瞬間、いとは心の奥で“何か”が動いたのを感じた。
言葉にならないけれど、針を持つときのように静かで、でも確かな決意だった。
ミーティングのあと、いととさゆりは用意していた“感謝のプレゼント”を手渡した。
「まどか先輩へ。今まで、本当にありがとうございました」
いとの声は少しだけ震えていた。
受け取ったポーチを見て、まどかの目がふわりと潤んだ。
「これ……最高の贈り物。ほんとに……ありがとう」
大事そうに両手で抱えながら、まどかは何度も小さく頷いていた。
その帰り道。
夕暮れの空は、冬らしい澄んだ朱色に染まっていた。
校門を出て、坂道を三人で歩く。まどかは先を行き、いととさゆりはその背中を見つめながら並んで歩いた。
ほんの少しだけ吹いた風に、ポーチのリボンが揺れた。
いとは歩きながら、ふと、つぶやいた。
「……“引き継ぐ”って、終わりじゃなくて、始まりなんだね」
さゆりが、うん、と小さく頷いた。
もう、戻れない。だけど、もう逃げない。
ここから始まるのは、自分たちの物語だ。
モノローグ:
不安は消えない。けど、もう逃げない。
わたしの針で、これからの“手芸部”を縫っていく。




