第39話「わたしにできること」
金曜の放課後、冬の光が部室の窓から淡く差し込む。コタツの上に並べられたのは、布、糸、レースリボン。
いととさゆりは、向かい合って座っていた。
「で、結局何にするの? 感謝のプレゼント」
いとがスケッチブックを開きながら尋ねると、さゆりは慎重に返した。
「正直……悩む。実用的なものがいいと思うけど、思い出にもなるものがいいし……」
「まどか先輩って、裁縫道具をけっこう持ち歩いてるよね。だったら――ポーチ、どう?」
「それ、いいかも。でも、どうせなら特別なやつにしよう。名前……じゃなくて、イニシャル入りの」
話し合いの末に決まったのは、“まどかのイニシャル入り手芸ポーチ”。
いとはデザイン、さゆりは仕立て。それぞれの得意分野を活かして、作業が始まった。
それから数日、放課後の部室には、静かで真剣な空気が流れる。
「この糸、光沢があってまどか先輩に似合いそう」
いとは刺繍の下絵を見つめながら、そっとつぶやいた。
「この布も、先輩が前に“好き”って言ってた色だよ。覚えてる?」
さゆりは布の端をアイロンで押さえながら、ふと顔を上げる。
だけど、ふとした瞬間。いとの心に、ぽっかりとした穴のような不安が広がった。
――まどか先輩が卒業したら、手芸部はどうなるんだろう?
自分たちだけで、ちゃんと続けていけるんだろうか。
気づけば針の動きが止まっていた。
そんな彼女の変化に気づいたのは、やはりさゆりだった。
「……いと。まどか先輩ってね、たぶん、私たちのこと……信じてるよ」
言葉は短く、でも芯があった。
「信じてる?」
いとは顔を上げた。
「うん。だからこそ、あんなに丁寧に“ノート”残してくれたんだと思う。未来の部のために、って」
いとはそっと目を閉じた。まどか先輩の優しい声が、ノートのページから、思い出から、心に重なる。
「……そっか。わたし、“自分にできること”から始めればいいんだ」
完成したポーチは、淡いグレイッシュブルーの生地に、白と銀の刺繍で**“M”**の文字が浮かんでいた。
飾りすぎず、でもぬくもりがある。まどか先輩のように、優しくて凛としたポーチだった。
「これなら……きっと、喜んでくれる」
いとは少しだけ胸を張った。
帰り道の夕焼けの中、冷たい風が頬をかすめても、不思議と足取りは軽かった。
まだ頼りないかもしれない。でも、自分にできることを一つずつ。
そんな決意が、いとの胸に静かに芽生えていた。




