第37話「卒業が近づく音」
新年最初の始業式が終わった後の廊下は、どこかいつもと違う空気に包まれていた。
「合唱、もうすぐ本番か……」
「進路、決まったって聞いた?」
「卒業式、泣いちゃいそうでヤバい」
そんな声が、いとの耳に自然と飛び込んでくる。笑い声と緊張が入り混じったその会話の断片に、彼女はふと足を止めた。
(……卒業か)
遠いようで、すぐそこに迫っている春。教室の窓から差し込む柔らかな光が、どこか切なく感じられた。
午後、部室の扉を開けると、まどかがひとり、部誌と道具箱を並べていた。
「いとちゃん、おつかれさま。今日から本格的に、引き継ぎ準備始めようと思って」
軽やかにそう言う先輩の声は、どこまでも明るい。けれど、その手元には丁寧に整理された過去の作品と、引退が近づいているという現実がはっきりと映っていた。
「この部室も、もうすぐいとちゃんたちのものになるんだね」
まどかは優しく笑う。
いとは思わずその言葉に、返事をするのが遅れてしまった。
笑顔を作って「そうですね」と言ったけれど──心の中には、言いようのない寂しさが湧いていた。
(まどか先輩がいなくなったあとの部活なんて……まだ、うまく想像できない)
帰り道、校門を出たところで二人きりになった。街灯に照らされたまどかの影が、いとの横に寄り添っている。
「別れって、さみしいよね。でも、ずっとじゃないから」
まどかがぽつりと呟いた。
「さよならって、終わりじゃなくて……その人の存在が、自分の中に残るってことだと思ってるの。思い出とか、教えてくれたこととか」
「……まどか先輩って、すごいです」
いとの声は、少しだけ震えていた。けれど、それは悲しみだけじゃない。憧れと、敬意と、ほんの少しの決意。
夜。いとは自分の机の引き出しから、一枚の刺繍布を取り出した。入部して最初に縫った、不格好な花の模様。
(あのとき、まどか先輩が「きれいだね」って言ってくれたっけ)
窓の外には、まだ冷たい冬の空。けれど、心の奥に、小さな春の芽吹きのような何かが灯っていた。
(まどか先輩が去っても、私は、ここで針を持ち続ける)
静かにそう思いながら、いとはそっとその刺繍を胸元に抱いた。




