第34話「さゆりのこだわり」
冬の午後、手芸部の部室には、静かな集中の空気が満ちていた。
机の上には、ミニチュアの家の刺繍パーツ。刺し終えた布を、フェルトで裏打ちして、立体的に仕上げていく。
それを黙々と繰り返しているのは、さゆりだった。
「……また、やり直し?」
いとがそっと尋ねると、さゆりはうっすら眉を寄せたまま、糸を解いていた布に視線を落とした。
「うん。ドアの刺し目が、ほんの少しズレてた。……自分じゃ許せないの」
いとは何も言えず、ただその背中を見つめた。
さゆりはいつも丁寧だけど、今日は特に“真剣”だった。
次の日曜日、ふたりは一緒に手芸店へと向かっていた。
「今日は、何を探してるの?」
「窓に使うラメ糸。ちょっとした光の反射が欲しくて。でも、あんまりギラギラするのは違うから……」
迷いながらも、具体的にイメージを持って材料を探す姿に、いとはますます感心した。
帰り道、さゆりがふと足を止める。風が冷たくて、吐く息が白く浮かぶ。
「……ねえ、いと。手、抜いたことある?」
「えっ?」
唐突な問いに驚くが、さゆりは真正面から、まっすぐに言葉を続けた。
「わたし、一度だけ、間に合わなくて妥協したことがあったの。そしたら……作品にバレた。っていうか、自分でずっと引っかかって、誰に見られなくても“ごめん”って思っちゃった」
その声は、どこか悔しさと、やさしさを含んでいた。
いとは歩きながら、ポケットの中で手を握りしめる。
「……でも、さゆりの作品って、見たらわかる。真剣に作ってるって、ちゃんと伝わってくるよ」
その一言に、さゆりはわずかに目を見開いて、それから、ふっと小さく笑った。
「……ありがと。ちゃんと、そう言ってもらえると、救われる」
その夜、いとは自分の机の前で刺繍枠を手に取った。
(わたし、手を抜いてないかな。ちゃんと、針に気持ちを込めてるかな)
今、自分が縫っている銀糸の雪の結晶を見つめる。
“作品に誠実でいること”。
それは完成度の話じゃない。向き合い方の話だ。
さゆりの背中が、それを教えてくれた気がした。
モノローグ:
作品って、嘘をつけない。
だからこそ、正直でいたい。まっすぐで、丁寧で。
さゆりみたいに、わたしも“誠実な針”を持てたらいい。




