第30話「ふたりのタペストリー」
文化祭が終わって数日。
学校はまた、静かな日常へと戻っていた。
午後の陽が傾きはじめた放課後、部室には、いととさゆりのふたりきり。
壁際に立てかけられた、大作タペストリーが目に入る。
秋の葉が舞う風景を表現したあの作品。
色とりどりの糸で刺された葉の重なり、背景のグラデーション。
そして隅のほうには、ふたりの小さな名前が並んで刺してある。
「こうして見ると……」
いとはぽつりとつぶやいた。
「もうちょっと、背景に動き出せたかもしれないなぁ、とか……色、もう一段暗くしてもよかったかな、なんて……」
さゆりは無言でタペストリーを見つめたまま、やがてそっと口を開いた。
「でも……あれが、あのときの私たちの“限界”だったと思う。悔しいところもあるけど、それも含めて、ね」
「うん」
いとも、うなずいた。
完璧じゃなかった。でも、徹夜で笑いながら針を進めた夜や、意見をぶつけた午後のことを思い出すたびに、この布には、忘れたくない何かが詰まっている気がした。
ひとりで作った作品とは、ちょっと違う。
完成した瞬間より、作っていた時間が、思い出になって残る。
「……なんだかね」
いとは照れくさそうに笑った。
「自分だけで刺した作品より、このタペストリーの方が、なんていうか……好き、かも」
さゆりは静かにいとの横顔を見たあと、意外な言葉を口にした。
「……いとの色づかい、柔らかくて、すごく好きだった。あれ、私にはできない」
「え……」
「本当よ。なんだか、“風”が通るみたいな刺し方するよね、いとって」
胸の奥があたたかくなるような、じんわりとした嬉しさが広がった。
いとの“苦手”と感じていたふわっとした表現は、ちゃんとさゆりには届いていたんだ。
ふたりの間に、やさしい沈黙が流れる。
その沈黙を、LINEの通知音が破った。
《また一緒に、なんか刺そう。来年はもっと、大きなやつ。》
いとがふとスマホを見ると、さゆりからのメッセージが届いていた。
隣にいるのに、LINEで……なんて思いながら、でも胸がじんわり熱くなる。
《うん、やろう。もっと、すごいやつ》
いとも返す。すぐに、「既読」がついた。
「じゃあ、約束だね」
「うん」
壁にかけられた“ふたりのタペストリー”が、夕日に照らされて柔らかく光っていた。
来年も、きっとまた、この部室で。
もっと大きく、もっと色鮮やかな、“わたしたちの作品”が生まれるだろう。
その始まりの合図のように、いとの胸にそっと、ひと針のような期待が灯った。




