第27話「徹夜の手仕事」
文化祭前夜、校舎にはもうほとんど人気がなかった。
しかし、3階の一室──手芸部の部室だけには、ランプの灯りが淡くともっていた。
「よし……あと葉っぱが7枚、実が3つ……」
いとが刺繍布を見つめながらつぶやく。その目は少しうつろで、手はすでに何時間も針を動かし続けている。
まどかが紅茶を淹れてきて、そっとマグカップを差し出す。
「無理しないで。まだ夜は長いよ」
「ありがとう……でも、間に合わせたいんだ。絶対」
いとの声には、どこか焦りが滲んでいた。
その隣で、さゆりは図案と完成見本を照らし合わせていたが、ふと刺繍糸の色を取り違えていたことに気づいた。
「……あっ、これ、間違ってる……」
針を抜きながら、小さく舌打ちを漏らす。
「もう、なんでこんなミス……!」
その声に反応して、いとも手を止める。
「さゆり、大丈夫? 無理に進めなくても──」
「大丈夫じゃないよ。こんな単純なミス、今さら……」
言い返そうとしたその瞬間、空気がピリついた。
一瞬、沈黙。時計の針の音がやけに大きく響いた。
「……ごめん、ちょっとイライラしてた」
さゆりが先に口を開いた。肩を落として、深く息を吐く。
「……わたしも、ごめん。急ぎすぎてた。なんか、息が詰まってたかも」
いともまた椅子にもたれかかり、天井を見上げる。
まどかは湯気の立つカップを両手で包み込みながら、二人を見た。
「思い出して。合宿の夜。言い合ったり、すれ違ったりしたけど……あのとき、最後は同じ布に刺したよね」
いととさゆりが顔を見合わせる。
──夏の夜、森の中で交わした言葉。静かに針を並べて刺した、ひとつの布。
「今夜もきっと、あのときみたいに乗り越えられる。だって、わたしたち、もう“バラバラ”じゃないんだから」
まどかの言葉に、部室の空気が少しだけやわらかくなった。
深夜2時。
教室の窓からは、静かな夜の町が見下ろせる。灯りはまばらで、時折、遠くの踏切の音が聞こえるだけ。
部室では、3人が無言で針を動かしていた。
集中。無心。呼吸と同じリズムで、布に一針ずつ、秋が刻まれていく。
疲労で指が震えそうになっても、まぶたが重くても、それでも3人の目には、完成がもうすぐそこにあると分かっていた。
やがて──
「……できた、かも」
いとの小さな声に、さゆりとまどかが顔を上げた。
中央に描かれた大きな紅葉。その周りを囲むように、どんぐり、柿の実、秋桜。そして色づいた葉。
布の上には、三人の“秋”が、しっかりと息づいていた。
窓の外が、うっすらと明るくなる。
「……夜が、明けたね」
まどかがぽつりとつぶやく。
3人で並んで、完成したタペストリーを眺める。
達成感というより、今はただ、静かな満足感。
言葉は少ない。でもその沈黙は、心地よく、あたたかかった。
午前6時。
ソファに寄りかかって、うとうとと眠るいと。
その隣で、さゆりが小さな毛布をかけてやる。
まどかは、窓際に座って外の光を見つめていた。
──この瞬間のために、がんばってよかった。
そんな想いが胸に灯り、言葉にせずとも、きっと3人とも同じ気持ちだった。
まだ眠りきれない目をこすりながら、いとはそっと心の中でつぶやいた。
「……きっと、今日、忘れない」
そして、文化祭の朝がゆっくりと始まっていった。




