第26話「試行錯誤の午後」
放課後の部室に、紙をめくる音と、ペンが走る音が響いていた。
窓の外には、少しだけ色づき始めた木々。秋がそっと忍び寄るなか、手芸部の3人は「文化祭用のタペストリー」制作に頭を悩ませていた。
「赤だけじゃ物足りない気がして……ここに藍色を入れたら、もっと深みが出るんじゃないかなって」
机の上に図案を広げながら、いとがそっと言う。
その案に、さゆりの眉がほんの少しだけ動いた。
「……うん。でも、藍色って秋には冷たすぎるかも。もう少し、落ち着いた茶系でつなげた方が、流れが自然かなって」
「うーん、でも……思い切って変えてみたら、印象も変わるかも。挑戦してみたくて」
二人の声に挟まれて、まどかはにっこり笑った。
「つまり、“深まる秋”か“移ろう秋”か、って感じかな? どっちもいい。ちょっと休憩して、もう一回見直してみよ?」
まどかの言葉に導かれ、三人は図案をたたみ、資料を持って図書館へと向かった。
図書館の手芸コーナーには、季節の刺繍や染色の本がずらりと並んでいた。
いとはページをめくりながら、さまざまな「秋の表現」と出会う。
落ち葉の刺し方。どんぐりの質感を出すためのステッチ。濃淡で深みを出す陰影技法──。
「……ねぇ、この“シャドウ刺しゅう”、やってみない?」
いとが本を傾けて見せると、さゆりが目を細めて覗き込んだ。
「これ、前に少し練習したことある。難しいけど、やれたらすごく綺麗だと思う」
「そっか……練習、してみようかな。わたしも、ちゃんと学びたい」
まどかは手帳にメモを取りながら、「いとの“やってみたい”って気持ち、いいと思うよ」とぽつりとつぶやいた。
技術を学ぶのは、時間もかかるし、根気もいる。でもその“やってみたい”の気持ちが、手芸のいちばん最初にあるべきものだと、彼女たちはもう知っていた。
夕方、校庭の片隅にある木製ベンチに腰を下ろす。
空には淡い夕焼け。風に乗って、ほんのりと金木犀の香りが漂ってきた。
「……昔、母がよく刺してたの。こたつに入って、みかん食べながら。あの時間が、すごく好きだったな」
そうつぶやいたのは、さゆりだった。
いとは驚いて振り向いた。さゆりが家族の話をするのは、珍しい。
「うちの母は逆に“ミシン一筋”でさ。細かい手刺繍とか、“目が疲れる!”って言って、わたしが刺してるの見て笑うの。でも、ちょっと嬉しそうでもあったかも」
笑い合ういととさゆり。そのやりとりを見て、まどかが静かに笑う。
「家族の思い出、手芸にいっぱい詰まってるね。そういうのも、“温もり”なのかも」
いとは、ゆっくりと息を吐いた。
「……わたし、もっと自分の“好き”をちゃんと伝えていきたい。怖いけど、でも、ちゃんと」
さゆりが、まっすぐにいとを見た。
「じゃあ、ちゃんと聞くよ。ちゃんと話してくれるなら」
そう言って、手のひらを差し出す。
いとは、その手に自分の指を重ねた。小さな約束のように。
夕暮れのベンチの上で、三人の間に静かであたたかな絆が織られていった。
そして、その絆が、新しい一針へとつながっていく。




