第24話「伝えるって、こわい。でも、うれしい」
展示が終わった日の夕暮れ。
会場を出たあと、いとはひとりで少し遠回りして、町の小さな公園に立ち寄った。
蝉の声はもう静まり、風に乗って、どこかから金木犀の香りが漂ってくる。ベンチに腰を下ろすと、展示会のざわめきが、遠い夢のように思えた。
(終わったんだ……わたしの展示)
しみじみと、胸の奥に余韻が残っている。
緊張で震えた手。聞こえてきた感想。目の前で、作品に微笑みを向けてくれた人の横顔──
すべてが眩しく、そして、少しだけ怖かった。
「……うれしかった。でも、すごく、こわかったな」
ぽつりと、言葉がこぼれた。
伝わるって、こんなにも心が揺れるんだ。
誰かに届くって、喜びだけじゃない。自分をさらすような恥ずかしさや、不安も連れてくる。
だけど──
「それでも、見てもらえてよかった」
そのとき。
「やっぱりここにいた」
振り返ると、まどかがゆっくりと歩いてくる。いつもの柔らかな笑顔。
「帰り道、一緒に行こうって言ったのに、ふらっといなくなるんだもん」
いとは苦笑いしながら、隣に小さくスペースを空けた。
「……ごめん。なんか、まだちょっと頭がふわふわしてて」
まどかが隣に座ると、二人の間に秋の夜風が通り抜ける。
「どうだった、今日」
まどかの問いに、少し間を置いてから、いとは答えた。
「……すごくうれしかった。でも、同じくらい、怖かった」
「うん。そうだよね」
「“見られる”って、こんなにドキドキするんだって、初めてわかった。もっと上手じゃないといけない気がしたし、途中で“これでよかったのかな”って、何度も思った」
まどかは黙って聞いていた。
そして、夜空を仰ぎながら、ぽつりと言った。
「それ、全部正解だと思う」
「え?」
「うれしくて、こわくて、自信なくて、それでも見てほしいって思う。伝えるって、そういうことじゃないかな」
いとは目を見開いた。
「だからこそ、伝わったとき、うれしいんだよ」
まどかはそう言って、いとの肩をぽん、と軽く叩いた。
しばらくして、いとは小さく息を吸い込み、そっと呟いた。
「……もっと刺せるようになりたいな。もっと、届けられるように」
その言葉は、風に乗って、すうっと夜の空へ溶けていった。
翌日。
部室の扉を開けると、懐かしい木の香りと、机に並んだ刺繍糸たちが迎えてくれた。
いとは一人で机に向かい、そっと新しい布を広げる。
白く、何も描かれていないその布が、まるで未来のように思えた。
針を手に取る。
小さく、でも確かな声でつぶやく。
「今度は……秋を刺したいな」
そして、ひと針目を、そっと布に落とした。




