第20話「ひと針でつながる」
合宿2日目の朝。
澄んだ空気の中、さゆりはひとりで森の奥にいた。
手にはスケッチブック。足元には、朝露をまとった草花と、小さな木漏れ日。
昨日のことがずっと心に引っかかっていた。
言いすぎた。伝えたかったことと、違うことばかりが口をついて出た。
「どうして、私はこうなんだろう……」
ぼんやりと空を見上げていたとき、森の奥から足音が聞こえた。
振り向くと、そこに──いとがいた。
「……さゆりちゃん、ここにいたんだ」
「あ……ごめん。勝手に抜けて」
「ううん。……ちょっと、探してた」
いとは一歩ずつ、さゆりの隣に近づいていく。
2人の間に、静かな風が吹いた。
しばらく黙って、並んで森の木々を見つめていた。
さゆりが、ぽつりと口を開く。
「いとの図案、ちゃんと“夏の光”を感じたよ。あのひまわり、すごく、あたたかかった」
いとは、目を見開いて、さゆりの横顔を見つめる。
「わたし……さゆりちゃんの図案、すごく好きだった。わたしには描けないって思った。正直、ちょっと、悔しかったけど」
さゆりが、少しだけ照れたように笑った。
「わたし、強く言いすぎた。ごめん」
「わたしも……ちゃんと、言えばよかった。怖がってただけだった。こっちこそ、ごめん」
2人の声は、朝の静かな森の中で、そっと重なった。
部屋に戻ると、まどかが心配そうに顔を上げたが、2人の様子を見て、すぐに安心したように微笑んだ。
「……よかった」
昼前の作業時間、さゆりがいとにふと提案する。
「……いと、一緒に刺してみる?」
「え?」
「合作。ひとつの布に、ふたりで刺繍。……その、記念になるかなって」
いとは笑ってうなずいた。
「やってみたい」
ひとつの布の上に、いとのひまわりの花びらがひと針ずつ咲いていく。
その隣に、さゆりの描いた海辺の影が静かに刺されていく。
図案も、色も、違うけれど──
その違いが、かえって布を豊かにしていく。
まどかはそっと見守りながら、余白に小さな文字を刺した。
《手芸部 夏合宿記念》
帰りのバス。
静かに揺れる車内で、いととさゆりは肩を並べて眠っていた。
頭が少しだけ触れて、でもお互い気にせず、心地よさそうな寝顔。
その向かいの席で、まどかが静かに笑った。
カーテンの隙間から射す夏の光が、3人の頬をあたたかく照らしていた。




