第2話「勧誘合戦」
新入生歓迎週間の後半。
この日は、部活動勧誘のメインイベントだった。
校庭の一角には特設ステージが設けられ、ダンス部のパフォーマンスや軽音部のライブがにぎやかに響き渡っている。
その周囲には、色とりどりののぼりや手作りの看板を掲げた部活動のブースが並び、新入生たちが行き交っていた。
「えっ、バスケ部って週6!?」
「漫画研究部、今年は同人誌作るらしいよ」
熱気と期待が入り混じった声が飛び交う中、日向いとは、一歩引いた位置から様子を見ていた。
(すごいな……みんな元気)
手には、昨日見つけた“手芸部”のパンフレットが握られている。
ページのすみが少しくたびれてきたのは、何度も読み返した証だった。
──けれど、肝心の手芸部のブースが見当たらない。
少し不安になりながら、校舎裏手の文化部ゾーンを探して歩いていたときだった。
「……あった」
一番奥の角。目立たない位置に、小さな木製の机と白い布をかけたテーブルがぽつんと並んでいた。
紙の看板には控えめな筆跡で「手芸部」と書かれている。
ブースの前にはひとりの女子生徒──上級生らしき先輩が、静かに椅子に腰かけていた。
*
展示されているのは、手縫いのポーチ、くるみボタンのブローチ、刺繍入りのコースター。
どれも丁寧な針目と落ち着いた配色で、派手さはないけれど、そっと手に取りたくなる温かさがあった。
いとは、そっとポーチを見つめながら言葉を漏らす。
「……これ、先輩が作ったんですか?」
少女──まどか先輩は、いとの存在に気づいて静かに頷いた。
やや長めの前髪の奥から、優しい笑みがのぞく。
「うん。去年の文化祭の展示用に作ったもの。もうずいぶん触ったから、糸がちょっとだけ、疲れてきちゃった」
その言い方がどこか可笑しくて、いとは思わず笑ってしまった。
「……すごく、きれいです」
まどかは少し頬を赤らめて、視線を落とす。
「ありがとう。でもね、私たちの部は……にぎやかじゃないし、目立たない。だから無理に呼び込みはしないの。もし、興味があれば来てくれたら嬉しいなって、それだけ」
その控えめで誠実な態度に、いとは少し驚いた。
体育館前で声を張り上げていた運動部の勧誘とは、まるで違う。
まどかは、少し間をおいて、ふっと目を細めて言った。
「針と糸はね、静かだけど……心が動くものになるのよ」
それは、言葉というより、ずっと繰り返して確かめてきた想いのように響いた。
いとはパンフレットを胸に抱えたまま、言葉にできない気持ちをそっと飲み込んだ。
──それは、静かに、けれど確かに、彼女の心に縫い留められた瞬間だった。
*
校舎の影で、やさしい午後の風が吹いていた。
ざわつく校庭の喧騒を背に、いとはその場を離れながら、小さくつぶやいた。
「……行ってみようかな、手芸部」
それは、ひと針分の勇気だった。