表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校1年生
2/78

第2話「勧誘合戦」

新入生歓迎週間の後半。

この日は、部活動勧誘のメインイベントだった。


校庭の一角には特設ステージが設けられ、ダンス部のパフォーマンスや軽音部のライブがにぎやかに響き渡っている。

その周囲には、色とりどりののぼりや手作りの看板を掲げた部活動のブースが並び、新入生たちが行き交っていた。


「えっ、バスケ部って週6!?」

「漫画研究部、今年は同人誌作るらしいよ」


熱気と期待が入り混じった声が飛び交う中、日向いとは、一歩引いた位置から様子を見ていた。


(すごいな……みんな元気)


手には、昨日見つけた“手芸部”のパンフレットが握られている。

ページのすみが少しくたびれてきたのは、何度も読み返した証だった。


──けれど、肝心の手芸部のブースが見当たらない。


少し不安になりながら、校舎裏手の文化部ゾーンを探して歩いていたときだった。


「……あった」


一番奥の角。目立たない位置に、小さな木製の机と白い布をかけたテーブルがぽつんと並んでいた。

紙の看板には控えめな筆跡で「手芸部」と書かれている。


ブースの前にはひとりの女子生徒──上級生らしき先輩が、静かに椅子に腰かけていた。


 


  *


展示されているのは、手縫いのポーチ、くるみボタンのブローチ、刺繍入りのコースター。

どれも丁寧な針目と落ち着いた配色で、派手さはないけれど、そっと手に取りたくなる温かさがあった。


いとは、そっとポーチを見つめながら言葉を漏らす。


「……これ、先輩が作ったんですか?」


少女──まどか先輩は、いとの存在に気づいて静かに頷いた。

やや長めの前髪の奥から、優しい笑みがのぞく。


「うん。去年の文化祭の展示用に作ったもの。もうずいぶん触ったから、糸がちょっとだけ、疲れてきちゃった」


その言い方がどこか可笑しくて、いとは思わず笑ってしまった。


「……すごく、きれいです」


まどかは少し頬を赤らめて、視線を落とす。


「ありがとう。でもね、私たちの部は……にぎやかじゃないし、目立たない。だから無理に呼び込みはしないの。もし、興味があれば来てくれたら嬉しいなって、それだけ」


その控えめで誠実な態度に、いとは少し驚いた。

体育館前で声を張り上げていた運動部の勧誘とは、まるで違う。


まどかは、少し間をおいて、ふっと目を細めて言った。


「針と糸はね、静かだけど……心が動くものになるのよ」


それは、言葉というより、ずっと繰り返して確かめてきた想いのように響いた。


いとはパンフレットを胸に抱えたまま、言葉にできない気持ちをそっと飲み込んだ。

──それは、静かに、けれど確かに、彼女の心に縫い留められた瞬間だった。


 


  *


校舎の影で、やさしい午後の風が吹いていた。

ざわつく校庭の喧騒を背に、いとはその場を離れながら、小さくつぶやいた。


「……行ってみようかな、手芸部」


それは、ひと針分の勇気だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ