第19話「夜の内緒話」
電気が消され、真っ暗な部屋に夏の虫の声が静かに響いている。
宿の畳敷きの一室。並べられた布団に、三人はそれぞれもぐりこんでいた。
さっきまでの賑やかな夕食、夜の花火の時間も終わり、あとは眠るだけの時間。
──だけど、いとは眠れなかった。
隣から聞こえる、まどかの寝息はまだ整っていない。眠ってはいない、と察して、いとはそっと囁いた。
「……ねえ、まどか」
「うん?」
暗闇の中で、まどかの声が返ってくる。優しく、静かに。
「さゆりといるとね、どこか緊張しちゃうの。なんでだろう」
しばらく間があってから、まどかは答えた。
「たぶん、さゆりも、いとといると緊張してるよ」
「え……」
「不器用なんだよ、さゆりは。たぶん、自分の気持ちをちゃんと伝えるのが、すごく苦手なの。だから、少し強く言っちゃったり、距離ができたりするのかも」
「……そっか」
「でも、嫌いだったら、わざわざ図案にコメントしたりしないよ。さゆりは、ちゃんと見てると思う。いとのことも、いとの刺繍のことも」
いとは、布団の中で顔を布地にうずめた。
真っ暗な中でも、まどかの言葉が優しく心に灯っていくようだった。
一方そのころ、少し離れた位置の布団では──。
さゆりもまた、仰向けのまま天井を見つめていた。
「……わたし、また言いすぎちゃったかも」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりとこぼれた言葉。
いとが黙ったあの瞬間の顔が、頭から離れなかった。
「うまく言いたかったのに。……なんで、あんな言い方しかできないんだろう」
布団の中で、小さくため息をついた。
言葉にしようとすると、正しさばかりが前に出てしまって、
相手の気持ちにまで届かない。それはいつものことだった。
それでも──それでも。
「いとの“夏”も、ちゃんと素敵だったのに」
誰にも聞かれない夜の中で、心の奥にしまっていた本音がようやく出てくる。
夏の虫が、静かに音を重ねる。
互いに言葉にできなかった想いが、同じ空間の中で少しずつ、ほどけ始めていた。
そして──。
翌朝、まだほんの少しぎこちない空気を残したまま、合宿の2日目が始まる。
でもその空気は、前夜よりも、わずかに柔らかかった。




