第18話「すれ違う図案」
午後の光が、作業部屋の障子越しにゆらゆらと差し込む。
いとは、図案用の紙にひまわりの花を何度も描き直していた。思い出の中のあの花は、もっと背が高くて、もっとまぶしかったはず。なのに、線を引けば引くほど、イメージはぼやけてしまう。
その隣では、さゆりが鉛筆の細い線で静かに海辺の風景を描いている。画面の端には、風にそよぐワンピースのシルエット。黒と青で構成された影の世界は、どこか静かで、切ない美しさがあった。
「……さゆり、それって、全部影絵なの?」
ふといとが尋ねる。
「うん。昼間じゃなくて、夕暮れの海を思い出してたら、こうなった」
「すごく綺麗……でも、ちょっと寂しくない?」
いとは思ったままを言った。
さゆりはペンを止めて、いとを見た。
「寂しいって、悪いこと?」
「ううん、そうじゃなくて。夏ってもっと、こう……光とか、音とか、あってもいいのかなって」
「いとのは、“ひまわりと麦わら帽子”でしょ?」
さゆりの視線が紙の上の図案に落ちた。
「うん。でも、なんかまとまらなくて……どう描いたら伝わるのか、まだ……」
「うーん……少し、ごちゃっとしてるかも」
さゆりは言葉を選びながら答えた。
その一言が、いとの胸にじくりと刺さった。
「さゆりは、いつもそうやって、正しく言ってくれるけど……なんか、ちょっと苦しい」
「……え?」
さゆりが顔を上げた。
「ううん、ごめん。変なこと言った」
いとは笑ってみせたが、目は笑っていなかった。
「いとのは、ふわっとしてて、つかみにくいんだよ」
さゆりの声も、少しだけ固くなる。
一瞬、空気が止まったように感じられた。
「……そういうの、言わなくてもいいじゃん」
いとはぽつりと呟いた。
「本当のことじゃん」
「本当でも、言われたら傷つくよ……!」
図案を挟んで向かい合うふたりの間に、ぴりっとした緊張が走る。
その空気を、縁側からの風鈴の音が、かすかに切り裂いた。
夕食の時間が近づいても、ふたりの距離は縮まらなかった。
縁側に並んで座ってはいたが、会話はなかった。
夕暮れの空が朱色に染まり、夏の虫たちが一斉に声を上げ始める。
遠くから聞こえるのは、まどかの柔らかな足音だけ。
彼女は二人の間に立ち入らず、あくまでそっと見守るように、部屋の中で静かにスケッチを描いていた。
いとは膝を抱えて、遠くの山の輪郭を見つめていた。
さゆりは腕を組み、俯いたまま何も言わない。
同じ時間、同じ空間にいるのに、心はどこかすれ違っていた。
けれど──どちらも、「ごめん」と言うには、まだ少し時間が必要だった。




