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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校1年生

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第17話「手芸合宿、はじまるよ!」

夏休み最初の朝、蝉の声を背に、校門に集まったのはたった3人。


「……なんか、部活っぽいよね」

大きめのリュックを背負ったいとが、まだ少し眠たげな顔で言う。


「部活だもん」

さゆりはきっぱり返しながら、タオルを首に巻いている。

隣でまどかはチェックリストを片手に、荷物を確認していた。


目的地は、まどかの親戚が経営する民宿──山間にある、静かな場所だという。

今回の合宿は1泊2日。宿泊先で、大作の刺繍に取り組むことが目的だった。


「バス、来たみたい」

さゆりが指さす先に、小さな観光バスが滑り込んでくる。


3人だけの特別な合宿が、いま、はじまろうとしていた。


バスに揺られて1時間あまり。街の景色が遠ざかり、窓の外はすっかり緑一色に染まっていた。


「わ、見て!川!すごい透明!」

いとは窓の外に顔を近づけてはしゃぐ。


「景色が作品になりそうだね」

まどかはスケッチブックを広げて、何かメモしている。


さゆりはその間、座席の肘掛けに肘をついて、静かに外を眺めていた。けれど、口元にはうっすら笑みが浮かんでいる。


やがて、細い山道を抜け、目的の民宿が見えてきた。古いけれど手入れの行き届いた木造の建物。玄関先には季節の花が飾られていた。


「ようこそ、『みやま荘』へ」

民宿のおばさんがにこやかに迎えてくれる。


そのあたたかな空気に、3人の緊張も少しずつほどけていった。


昼食をすませたあと、3人は広間の一角に集まった。縁側からは蝉の声と風鈴の音が届く。


まどかが大きめのスケッチブックを広げながら口を開いた。


「今回のテーマは、“夏の思い出”を刺繍にすること。図案から作って、自由に刺して、合宿の最後に小さな展示ができたらいいなって思ってる」


「思い出って……まだ始まったばっかりだけど」

いとは苦笑しながらも、ペンを手に取る。


「これからの夏でもいいし、昔のでもいい。イメージや色でも、なんでも。あなたの“夏”を、布に表してみて」


まどかの言葉に、しばしの沈黙が流れる。


「……私はね」

さゆりが静かに口を開いた。

「夜の海、かな。昔、祖母の家の近くに海があって。影が長くて、光がキラキラしてて──あれがすごく好きだった」


「へぇ……」

いとは目を細めて頷いたあと、そっと言った。


「私は、ひまわり……かな。あと、麦わら帽子。なんか、子どものころの夏って、そんな感じだった気がする」


「なるほど、まぶしい系ね」

さゆりがふっと笑う。


いとは小さく笑い返しながらも、どこか引っかかるものを感じた。

──“まぶしい系”って、なんだろう。


ほんの些細な言葉。でも、感じた温度差が、心のどこかに残った。


夕暮れ時、風が縁側を通り抜ける。

蚊取り線香の匂いの中、3人はそれぞれに下描きを進めていた。


「……夏の思い出って、形にするの、難しいね」

いとがつぶやくと、まどかが静かに笑った。


「うん、でもね。だからこそ、いいものができるかもしれない」


どんな思い出を、どんな針で縫うのか。

合宿の夜は、まだ始まったばかりだった。

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