第146話「言葉にして渡す」
卒業式の前夜。机の上には色とりどりのカードと封筒、それからお気に入りの黒いボールペン。
後輩たちに残すメッセージカードを書こうと、私は椅子に腰を下ろした。
カードの中央に一行目を書く。
「ありがとう」――書いて、ペン先が止まる。
短すぎる。これでは、ただの形式的な言葉みたいだ。
息を吐いて、ペンを置く。
私が受け取ってきたものは、こんな一言じゃ収まりきらない。
一年のとき、先輩がくれたノート。作業の手順や展示の準備の仕方が、びっしりと書かれていた。二年になって、先輩たちがいなくなった部室で、あのノートに何度も助けられた。
自分のためだけじゃなく、誰かのために残された“形”――それを手にしたときの心強さを、私は知っている。
なら、私も同じことをすればいい。
受け取ったものを、形にして渡す。それが、このカードになる。
もう一度ペンを取る。今度は、頭の中で後輩の顔を思い浮かべながら、一文字ずつ丁寧に。
展示の工夫、失敗したときのリカバリー方法、作業を楽しく続けるコツ――思いつく限り全部、短い文にして詰め込んでいく。
書き上げたカードを並べ、封筒にそっと入れる。
その動作ひとつひとつが、まるで自分の中に積もった時間を包み込む儀式のようだった。
明日、渡す瞬間の後輩たちの表情を想像すると、胸の奥が少しだけ熱くなる。
きっと上手く笑える。きっとちゃんと、届く。




