第145話「さいごの朝練」
卒業式の前日。午前中だけの登校日だというのに、私たちは当然のように部室に集まっていた。
部室の引き戸を開けると、いつもの匂い――紙と絵の具と、ほんの少しの木材の香り。窓から差し込む冬の光が、棚や机の上の小物たちを柔らかく照らしていた。
「じゃあ、最後の掃除、始めますか」
律がそう言って、ほうきを手に取る。
「最後って言わないでよ~。なんか寂しくなるじゃん」
ゆらが唇を尖らせながらも、机の上の作品をそっと片付け始める。
「じゃあ……“さいごの朝練”にしようか」
「朝練?」
「ほら、部活前の準備時間みたいなやつ。練習ってつくと、なんか特別っぽくないでしょ?」
ゆらがにやっと笑う。私と律は顔を見合わせ、くすっと笑った。
掃除は意外と手際よく進んだ。窓ガラスを拭く律の横で、私は本棚を整理し、ゆらは机の引き出しから使いかけのマスキングテープや針山を発掘しては「これ、まだ使えるよ」と持ってくる。
ひと段落したところで、ゆらがバッグからカサカサと音を立てて袋を取り出した。
「はい、今日のおやつタイム~」
中身はチョコレートにクッキー、そしてなぜかカップスープまで。
「どんだけ“朝練”に本気出してるの」
律が呆れた声で笑う。
机を囲み、紙コップにお湯を注ぎながら、他愛ない話が続いた。進路のこと、新生活の準備のこと、そして、去年の文化祭の思い出話。
笑っているうちに、ふと、胸の奥が温かくなる。
こうして笑い合った日々が、いつの間にか積み重なって、今の私たちになったんだ――そう思うと、言葉にできない充足感が押し寄せてくる。
「じゃ、もうちょっとだけ掃除して終わりにしよっか」
律の言葉に、私とゆらはうなずく。
窓から差し込む光は少し傾き、部室の中に長い影を落としていた。
最後の朝練は、静かで、優しくて、そして――ちゃんと私たちらしかった。




