第14話「さゆりの迷い」
雨が上がったばかりの夕方、濡れたアスファルトに電柱の影が長く伸びていた。
「ねえ、ちょっと寄り道してもいい?」
いとが問いかけると、さゆりは小さくうなずいた。
二人は学校近くの小さな公園へと足を向けた。誰もいないベンチに腰を下ろすと、葉に残った雨粒が風に揺れて落ちてくる音が聞こえた。
しばらく無言のまま時間が流れた。
「……昔ね」
さゆりがぽつりと口を開いた。
「小学生のとき、自分でデザインしたバッグを作って持って行ったら、笑われたの」
いとは振り向かず、黙って聞いていた。
「“なんか変な模様”って。先生も笑ってた。……もう、その時から、誰かに見られるのが怖くなったの」
淡々とした声だったが、その奥にある痛みははっきりと伝わってきた。
「だから、あの刺繍も……誰にも見せるつもりじゃなかった。ただ、自分が作りたかっただけ」
少し間を置いて、さゆりは続けた。
「でも……正直言うと……ちょっとは、誰かに見てほしかった。きれいだねって、言ってもらいたかった……」
初めて、いとはさゆりの横顔をじっと見た。
強がるように、でもどこか不安そうに揺れるその表情。
「わたしは、あの刺繍が好きだよ」
いとは静かにそう言った。まるで、当たり前のように。
さゆりは少しだけ目を見開き、それから小さく笑った。
「……いとって、ほんと変な子」
「よく言われる」
いとも笑った。
その夜、さゆりは自室の机に向かって、例の紫陽花の刺繍を静かに広げた。
窓の外では、濡れた紫陽花の花びらが月の光に照らされ、しっとりと光っていた。




