第138話「自分に向けた手紙みたいに」
放課後の部室。
机にスケッチブックを広げたまま、さゆりはペンを持った手を宙で止めていた。
テーマは「未来への贈り物」。
けれど「未来」という言葉は、広すぎて、つかめない。
ぼんやりした青空みたいに、形がなくて、どこに線を引けばいいのかわからなかった。
「……どうしよう」
かすれた声が、自分の口からこぼれる。
結局、何も描けないまま家に帰った。
夜。
勉強机の引き出しを整理していたら、くすんだ表紙のノートが出てきた。
中学の頃に書いていた日記だ。
試しにページをめくると、インクの薄れた文字が目に飛び込んでくる。
『部活、ぜんぜん上手くいかなかった』
『美術部の先輩にほめられてうれしかった』
『高校に入ったら、もっと自分の作品を見せたい』
懐かしいというより、少しだけ胸が痛い。
あの頃の私は、不安と期待を抱えて、毎日揺れていた。
そして、その気持ちは、少し形を変えながら、今もきっと残っている。
(……この作品、あの頃の私に見せたいな)
ふと、そう思った。
「未来の自分」って言われても漠然としているけど、「過去の自分に届ける」なら、ちゃんと形が見える。
それはきっと、未来の私にも届くはずだ。
翌日、部室。
スケッチブックを開き、ペン先がすっと紙を滑る。
布の上に縫い込む言葉や色の配置が、自然に浮かんでくる。
迷いは、もうなかった。
「よし……」
小さく息を吐く。
この卒業制作は、未来の自分への手紙だ。
そして、過去の自分への返事でもある。




